◆原発のある暮らし

 私の住まいは「原発銀座」にあります。

 日本海沿いの狭い地域に15基もがひしめく福井県嶺南地方です。

 原発銀座のまっただ中を終の棲家に定めて、はや6年が過ぎました。

 「原発は怖いが、海があるさ、山があるさ」。加えて大阪や京都、名古屋などにも近い利便さ。これが主な動機でした。

 原発とともに暮らした6年。「もんじゅ」のナトリウム漏れを除けば、一次冷却水漏れ、配管のひび割れなどの事故が頻発したものの、まあ大過なく過ぎました。

 しかし、9月11日を境にして「この町に決めたの、まずかったかな」という悔恨の念が芽生えてきました。

 原発がテロの標的にされるのではないか?という不安からです。

 小泉流「行け行けどんどん」の国策によって、テロリストからは敵国扱いされるようになりました。

 日本も否応なしに、テロの襲撃を覚悟しなければならない状況に追い込まれてしまったのです。

 米軍基地か原発。真っ先に標的にされそうです。

 原発立地の海上には巡視船が警戒に当たっていますし、原発の入り口付近では警察の不審者検問が続けられています。

 また、国や県、地元自治体、事業者たちの緊急事態発生に備えた訓練も行われています。

 でも、不安は募るばかりです。

 上空を飛ぶ小型飛行機があれば「もしや?」と思い、外国人を見ると「彼、安全人物かな」と思い、さらに「福井空港は小型機の管理をしっかりやっているだろうな」と思い…。

 「俺は何を考えているんだ。いかん、いかん」。

 いつの間にか妄想の中に身を置いている自分に気が付いて、慌てて払いのけます。

 ところが、「炭疽菌被害が拡大」だの、「金門橋破壊の情報」だの、「米で原発厳戒」だの、際限なく不安なニュースが飛び込んできます。

 妄想か、疑念か、猜疑か。その度にいやなヤツがにょきっと頭をもたげてきますので、始末に悪いことです。

 町の中でも「大変な事になったな」などの会話が聞かれるようになりました。市民に間にも危機意識が芽生えているようです。

 だからといって、いまさら原発銀座を逃げ出すわけには行きません。老いた身には時間がありません。資力もありません。

 「ここに住んだが、身の定め〜」。ここは一番、度胸を据えて原発のある暮らしを続けることにします。