◆「らしく」の欠如

 「少しはましになるかのかな」との期待を持たせてスタートした2001年ですが、いざ蓋を開けてみると、腹立たしいこと、気になること…の続出です。

 早くも期待が裏切られたようで、心寂しい昨今ですが、よくもこれだけの事件や事故が起こるものです。

 それらの報道に接して思うのは「日本人の美徳の一つである『らしく』の欠如が原因の一つではないのか」ということです。

 例えば「北陵クリニック」の准看護士による薬物犯罪。
 本人の犯罪は憎んで余りあるのもですが、それに加えて医師たちが「医師らしく」業務をこなしていたら、最小限にくい止められたのではないか、と思います。

 自ら担当した患者の容体は誰よりも掌握しているはずなのに、度重なる「患者急変」に対して何の疑問も抱かなかったのでしょうか。不思議でなりません。

 自民党の小山孝雄参議院議員が受託収賄の疑いで逮捕されました。
 KSD理事長の意向に添う国会質問をし、その報酬を受け取ったという容疑です。

 彼は労働政務次官をつとめたことのある族議員です。彼が行った国会質問というのは労働省向けのものでした。

 いわば、馴染みの議員が担当者に向かって「あれをやれ、これをやれ」と催促したようなものです。

 労働省側はその後、あれこれと言い訳はしていますが、結局は質問の趣旨に添う施策を実現させました。
 政官癒着もいいところですが、その見返りにKSDから巨額の報酬を得ていたとなれば、何おかいわんやです。

 この事件も彼が「国民の代表としての国会議員らしく」の使命を欠如して、KSDのお抱え議員として振る舞ったから他なりません。

 今年の成人式は各地で新成人による傍若無人がひんしゅくをかいました。高松市では司直が介入する事件にまでなってしました。

 これら数々の蛮行も彼らに「大人らしく」行動する自覚が欠けていたからです。
 羽織、袴姿の青年も加わっていましたが、大人というより聞き分けの悪い七五三の坊やに見えたのは私だけではないと思います。

 「おもしろ半分でやった。申し訳ないことをした」。蛮行青年の大半は謝罪したそうですが、大いに反省して「大人らしく」振る舞える大人になってほしいものです。

 式場で人の話に耳を傾けられずに、携帯電話でペチャクチャやっていた女性たちも傍若無人に等しい大人らしからぬ行動です。

 こんなことを言うと、「らしく、などという固定観念にこだわる古色人間の考え」との反論が聞こえてきそうです。

 しかし、「らしく」には信頼、尊敬、常識、良識、敬愛、責任、人権尊重など諸々が織り込まれた人間の尊厳を維持するための基本的な要件だと、私は考えます。

 やや脱線気味の「らしく論」でしたが、こんなのとを書いてみる気になったのも、昨今あまりにも腹立たしいことが多過ぎるからです。
 「老いぼれの愚痴」なのでしょうか。