◆2選手の志に拍手

 
カナダのエドモントンで開催されていた陸上の第8回世界選手権大会が閉幕しました。

 スポーツ観戦が好きな私は、高校野球と並行してテレビ中継を見たり、ラジオの実況放送に耳を傾けたりしました。

 メダルを獲得した室伏、為末、土佐選手らの活躍ぶりにも感激しましたが、トラックの2人の選手に注目し、優勝を願って応援しました。

 男子1500mのヒシャム・エルゲルージ選手(モロッコ)と女子800mのマリア・ムトラ選手(モザンビーク)です。

 エルゲルージ選手はこれまでにも賞金などを母国の福祉団体に寄付し、ムトラ選手も今回の賞金を貧しい人々に寄付する、と語っているとアナウンサーが伝えていたからです。

 モロッコはアトラス山脈を挟んだ南北で生活環境ががらりと異なります。

 私はカスバ街道を経てワルザザートという町からカサブランカまでアトラス越えをしたことがあります。

 急峻な山間に住む人々の生活ぶりは厳しいものです。

 南の地区に限らず、モロッコ国民の収入は少なく、生活程度は楽ではありません。

 そのような現状を目の当たりにしていますので、エルゲルージ選手の志を知ったときから、ぜひ優勝してほしいと祈るような気持ちでした。

 結果は堂々の1着。トラックに伏して喜びと感謝をあらわすエルゲルージ選手の姿が崇高に思われました。

 もう1人のムトラ選手のモザンビークはアフリカ大陸南東部にある共和国です。

 90万人が殺害された内戦による疲弊から、いまなお立ち直れずにいる国民のために役立ちたい、との志です。

 彼女も見事な追い込みで勝者になりました。

 こんなことを書く気になったのは、靖国神社を巡る政治の世界のもやもやとは対極にあるすがすがしさを覚えたからにほかありません。

 小泉首相の靖国神社参拝は、参拝日を変えたり、参拝の形式を変えたりしたところで、首相自身の精神的なより所が変わるわけではありません。

 参拝の賛成派、反対派、どちらにも不満を与えた曖昧さだけが残されてしまいました。

 もやもやの最たる話です。

 いま、ラジオは甲子園初出場の秀岳館がセンバツの覇者、常総学院を敗った試合を実況放送していました。

 「初陣、よくぞやった」。猛暑も吹っ飛ぶようなすがすがしさです。

 私のスポーツ好感度がますます上昇します。