◆終わりの始まり

 小泉旋風が吹き荒れた参院選挙、「改革祭り」が終わりました。

 「改革みこし」を担いだ人々(有権者)、担がれた人々(当選者)は、どのような思いで「自民党、大勝利」の結果を受け止めたのでしょうか。

 小泉さんの改革みこしは、誰もが「具体性なき構造改革」と揶揄するように「空っぽの軽さ」を感じました。

 しかし、全国津津浦々に張られた腕まくりをする小泉さんのポスターに、多くの人が「やる気」を感じて「空みこし」の担ぎ手に回りました。

 「声高に人集まる」。絶叫の小泉さんは人を、特に女性を惹きつけました。

 あるテレビ局が公示直前に小泉さん支持の女性たちに「郵政3事業の○○化」、「○○なき構造改革」の○○を問うインタビューをしていました。

 まともに答えられたのは半数にも達しませんでした。驚きました。「声高に人集まる」、「ワイドショー的」は本当なのだと。

 自民党大勝利には、そのような人たちも担ぎ手として貢献したのだと思われます。

 それはともかくとして、公示後には構造改革を批判する派閥の幹部がいましたし、支援団体の集まりでは身内の気安さから「業界の代表として予算獲得を」と約束する候補者もいたと聞いています。

 また、党の最高幹部の一人が「票の獲得に頑張らなければ予算配分では…」と半ば威圧する発言をしたとして反発を買ったりしました。

 でも、お祭りは終わったのです。ということは、小泉さんの「やる、やる」の声高は、もうお終いになったということです。

 これからはみこしに中身を入れる性根の座った作業に取り組まなければなりません。

 しかし、表では改革を叫びながら、業界代表として権益維持を約束した候補者もいます。どのように整合性を保つのか、人ごとながら心配です。

 ある派閥ばかりでなく、このような口約束で当選した議員たちも抵抗勢力に違いありません。

 小泉さんの正念場はこれからです。公約していた参院選後がスタートしました。

 景気の鈍化がいわれます。一刻の猶予もなくなりました。加えて靖国問題もあり、教科書問題など、アジア外交の懸案事項も待ったなしです。

 「断固やります」だけの声高はもう通用しません。「期待」から「実行」へ。

 構造改革みこしの担ぎ手を裏切らないためには進むしかないのです。

 一方、担ぎ手の責任も大です。小泉改革の行く手を見守り、糺すべきところは糺す。期待を裏切らないように監視する責任があります。

 「純ちゃん、かっこういい」だけではすまされないのです。

 担がれた人、担いだ人。まさに「終わりの始まり」なのです。

 私もしっかり見届けたいと思います。

 2、3年の痛みに耐えたら明るい生活が待っています、という構造改革の公約実現を信じながら…。