◆甲子園への思い

 宇宙飛行士、若田光一さんが投じた「宇宙ボール」がミットにおさまって、夏の甲子園が開幕しました。

 第83回全国高校野球選手権大会。高校生ら若い世代が表舞台に立った開会式は爽やかで、スマートでした。

 甲子園。私は様々な思いを込めて球児の熱闘を、またアルプス席の応援団を眺めます。

 テレビ観戦ではありますが、今夏もまた何度も何度も目頭を、そして胸を熱くすることだろうと思います。

 私は、昔むかし、北海道の片田舎の高校球児でした。

 新制高校4期生。校舎はともかく、グラウンドは瓦礫と雑草が我が物顔をしていました。

 放課後、真っ先にやることはクワやスコップを手にして地ならしすることです。練習後は糸が切れたボールやグラブの修理。

 練習時間は正味2時間もあればいいところ。

 そんな環境でしたから、技量は劣ります。地区大会でも勝つことなど滅多にありませんでした。

 甲子園。それは果てしなく遠い、遠い存在。若田さんが飛ぶ宇宙のような存在でした。

 それでも野球大好き少年は、汗を流して頑張りました。

 高校を卒業してからは、もっぱら観戦者側に回りました。
 
 ところが、低迷を続けていた田舎高校に、ある日突然、センバツ大会出場の幸運が巡ってきたのです。

 代表選考では補欠校でしたが、代表校が不祥事を理由に出場を取りやめたため、繰り上げ出場が決まったのです。

 当時、私は大阪市内に勤めていました。割り当て練習日に甲子園に出かけ、後輩を激励しました。

 選手たちのきびきびした動作を眺めて「あの弱小チームが、よくここまで」と、喜びが胸にこみ上げ、涙があふれたのを昨日のことのように思い出します。

 さて、試合です。初戦の相手は超高校級といわれた桑田、清原(読売巨人軍)を擁するPL学園。

 3塁側アルプススタンドで応援しましたが、快音と共に次々に外野席へ打ち込まれる白球。あっという間に大量失点です。

 しかし、田舎チームにも根性があります。桑田投手に代わった2番手投手から7点をもぎ取ったのです。

 それでも結果は大敗でした。試合が終わって気がつくと、両手が真っ赤に腫れ上がっていました。

 感激、興奮…夢中で拍手を繰り返していたのでしょう。

 「これが高校野球なんだ」。腫れ上がった手のひらを眺めながら、甲子園の神髄に触れたように思いました。

 その後、わが母校は夏に2度、甲子園の土を踏みました。通算成績は1勝3敗です。

 その度にアルプススタンドで手を腫らしました。

 「高校野球ってすばらしい」。老いてなお情熱をたぎらせています。

 今大会には12の初出場校があります。初陣校の頑張りに精一杯の声援を送ります。

 初陣校の関係者は1人でも多くアルプススタンドに駆けつけてほしいと思います。きっと、感動します。勝敗には関係ありません。

 アルプススタンドは懐かしい顔に巡り会える再会の場所でもあります。

 テレビの中の熱戦を見ていると、あの時、あの時の思い出が二重三重にダブったりします。

 「83歳」を迎えた夏の大会は、史上最多出場の4150校の選手約8万人に支えられています。

 毎年のように残念な不祥事もあります。それを乗り越えて83歳を迎えたのです。

 「高校野球よ永遠なれ」。そう念じつつ今年も熱闘を楽しみたいと思います。

 大会期間中に長崎・原爆の日、旧盆、終戦の日を迎え、終盤には赤トンボが舞いだします。

 夏の甲子園は、私に様々な思いを起こさせる場所であります。

 昔むかしの球児は、高校野球の不滅を願って止みません。