◆私の禁煙法

 ヘビースモーカーだった私が、タバコをやめてから22年になります。

 「よく止めることができましたね。何か秘訣でもありますか」。
 時々、こんな質問を受けます。
 
 その都度、私は「もったいない精神でタバコを止めました」と、答えることにしています。

 私は現役のころ、時間に追われる仕事をしていました。
 タイムリミットが迫ると、いらいらが募り、無意識のうちにタバコに火をつけている、そんな状態の毎日でした。

 仕事が終わったデスク周辺は、いたるところ吸い殻と灰だらけ。
 自分でもぞっとするような量です。

 毎朝、掃除をしてくれるおばさんも大変だろうな、と思ったものです。
 
 当時、私は1日60本から70本も吸っていました。
 机の中といわず、、ロッカーといわず、行くところ「タバコあり」でした。
 
 そのころ、回りでもタバコと健康が話題になることが多くなり、 また、妻からは「襖やカーテン、壁がヤニで黄色くなって困る」と、毎日のように苦情を聞かされていました。

 そんなある日のこと、フィルターにニコチン減量のための穴を開けたタバコが発売されたのです。
 
 妻の苦情はともかく、ちょっぴりながら喫煙による健康被害が気になっていましたので、さっそく新製品に飛びつきました。

 そして、味見?。これが不味いのなんのって。

 自他共に認めるヘビースモーカーです。
 「こんなカスみたいなタバコを吸うくらいなら、これまでのを続けて、吸う本数を減らせばよい」。

 「よし、1時間1本にしよう」。お気楽人間は、軽い気持ちでさっそく実行に移すことにしました。

 デスクの引き出しでも、ポケットでもタバコたちが出番を待っています。
 時計をにらめっこしながらの辛い、辛い格闘の開始です。

 ストレスは最高潮に達していた、と思われます。
 1時間が経過しました。
 「よし、もう1時間我慢してみよう」。仕事が暇だったことが幸いでした。

 「2時間も辛抱したんだ。もう少し頑張ろう」。
 誘惑との格闘を続けながら、帰宅するまで耐えることができました。

 自宅にも当然のようにタバコと灰皿がゴロゴロしています。
 書斎はもちろん、食卓の上、居間のテーブルの上、そして寝室…。

 食事の後に一服、寝る前に一服、目覚めて一服、てな調子の習慣病者。まるで「タバコ漬け人間」です。

 そんなヘビースモーカーが、その夜は、とうとう一服もやらずに我慢を貫き通しました。
 
 翌朝も目覚めの一服はパス。
 「ここまで辛抱したのだ。ここで吸うのは『もったいない』ことだ」。
 何に対してもったいないのか。
 頑張った時間がフイになる、そう思ったのです。

 寝室の灰皿に吸い殻がないのに気づいた妻は「体の調子が悪いの?」と心配してくれます。
 「いや」。曖昧な返事で、その場を取り繕いました。
 
 手の届くところに、いつもタバコがあります。
 無意識のうちに手が伸びることもしばしばです。
 
 はっと、我に返り「吸おうと思えばいつでも吸えるんだ。でも、いまは吸わない」。自問自答して、誘惑をうち消します。

 「もったいない」、「いつでも吸えるんだ。でも吸わない」。そんなことを呪文のように唱えているうちに、2日目が過ぎ、3日目が過ぎていきました。

 いらいらは、確かに募りました。しかし、もったいない精神は健在です。
 
 「ここまで、辛抱できたのだ」。
 私の考えは「節煙」から「禁煙」へと進化したようです。

 同僚たちは「ガムでも噛んで気を紛らせたら」、「いや、噛んだその後にタバコがほしくなる。自分はそれで失敗した」などとサポートしてくれます。

 ありがたきは友情なり、です。
 
 なんとか1週間が過ぎ、ちょっぴり自信みたいなものが芽生えてきました。
 
 正直なところ、その間に「発狂するのでは」との恐怖感に駆られたこともありました。

 禁断症状に苦しみながらも持ちこたえたのは、酒が苦手だったことが、大いに助けになったと思います。
 
 それと、ゴルフ練習場に出かけて、むちゃくちゃボールを打ち込んでニコチンを忘れるように努めたことも奏功したように思われるのです。

 「もったいない」、「いつでも吸えるんだ。でも吸わない」。
 呪文はその後も続けました。

 同僚たちは、次第に私の前での喫煙を遠慮するようになり、決意を受け止めてくれました。
 
 「よく止められたわね。案外、頑張り屋だったのね」。
 妻におだてられ、同僚に支えられ、本格的な「禁煙への道」を目指すことができました。

 それでも1年間はタバコを持ち歩いていたし、勤め先でも自宅でも目の届くところにタバコを置いてありました。

 タバコのみとは卑しいものであります。
 1年経っても何かの拍子にポケットをまさぐっていたりします。
 そんなとき「もったいない」「吸えるけど、吸わない」の呪文が活躍しました。
 
 自らを戒め、元気づける呪文が完全に消えたのは、あの日から2年後のことです。

 ということは、禁煙に自信がもてるまでに2年を要したということになります。
 
 あれから22年。その後は一服も口にしたことがないまま「瓢箪から駒」の禁煙は続いています。

 お気楽人間の私が成功したのは、宴席が好きでなかったこと、ゴルフという熱中できるものがあったこと、それと「もったいない精神」が活躍してくれたことだった、と思っています。

 我が人生で、自分をほめることができるのは唯一、禁煙を成し遂げたこと。

 時々、海外へ出かます。最近はフライト中の機内禁煙が増えてきました。
 「あの時、止めてよかった」。
 しみじみ思うときであります。