◆薬物犯罪を見過ごしたのは誰?

 年明け早々、病院を舞台にした気味の悪い事件が相次いでいます。

 その一つ。仙台市の「北陵クリニック」で発生した准看護士による点滴殺人未遂事件は、調べが進むに連れて大量殺人事件にもなりそうな様相です。

 腹痛を訴えて緊急入院した小学6年生の女児が守大助准看護士(29歳)の点滴を受けた後に容体を急変させて呼吸困難に陥った、というのが事件のあらましです。

 少女を診察し、くだんの准看護士に点滴を指示した医師が急変に不審を抱いたのがきっかけで、点滴液に筋弛緩剤を混入して少女殺害を企てた犯罪が摘発されました。

 これだけなら病院側の処置に「あっぱれ」を言いたいところです。
 
 しかし、その後、准看護士が行った点滴の後に容体を急変させた患者が、この2年近くの間に少なくとも20人はおり、そのうちの10人が死亡している、と報道されるに至っています。

 事件の真相は今後の捜査に待たなければなりませんが、同一の診療施設で同じような事件が相次いで発生している事実だけでも身が凍えるほどの不気味さを感じます。

 彼は日ごろから勤務態度のよい青年との評価を受けていたそうです。
 その半面、病院側の待遇に不満を漏らし、点滴後の度重なる容体急変から「急変の守」とも呼ばれていたと言われます。

 そんな報道に接して、まず頭に浮かんだのは二重人格者を描いた小説「ジキル博士とハイド氏」でした。

 小説の主人公は薬の助けを借りて善人と悪人を使い分けていたのですが、もし報道が事実とすれば、准看護士は医療の最前線で善と悪とを平然と併用していたことになります。

 動機は一体、何なのでしょう。戦慄を覚えます。

 この事件報道を通じて、どうにも理解に苦しむのは病院側の医療管理体制についてです。

 それぞれの担当医師は誰よりも患者の病状を掌握しています。
 その患者が容体を急変させる要因を持っていたのか、どうか、即座の判断は出来るはずです。

 仮に即断が無理な場合でも不審に思うくらいのことは出来たはずです。医療のプロなのですから。

 報道されているように、准看護士が点滴した患者だけが次々に容体を急変させるのであれば、もっともっと早い段階で「不審」が発見されていなければなりません。

 ましてや「急変の守」との噂まで流れていたとなれば、病院側、とりわけ医師たちの責任は免れません。

 薬の管理もずさんだったように思いますし、事件発覚後に行われた記者会見での院長の鈍感ぶりには腹立たしくなるばかりでした。

 患者の命がかくも粗末に扱われているのか、思っただけで身震いが起こります。

 鳥取県米子市の「博愛病院」では新生児が行方不明になる事件がありました。これも病院側のずさんな管理が問題視されています。

 近年、医療機関の不祥事が相次ぎ、昨年だけでもどれほど多くの患者が命をなくしたことでしょう。

 その度に病院側では「あってはならない事故。2度と起こらないように」などと頭を下げ、その一方で「最善を尽くしたが、結果として申し訳ないことになった」などと言い訳も聞かされました。

 奥羽大学の教授らが歯科医師問題を漏洩した容疑で逮捕される事件もありました。

 大学自らが医師の粗製濫造に手を貸していたのでは、たまったものではありません。

 診療機関に携わる人々は、いま一度、プロとしての気概や責任、使命について問い直してみる必要があるし、それを願わずに入られません。

 さらに付け加えれば、カルテの公開です。
 プライバシーの問題があるものは例外として、患者やその家族から提示の要求があれば即座に応えることが望まれます。

 2001年を「医療新生元年」として、信頼の回復に努めてほしいものです。