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◎7月27日(日)晴 (1日目)
成田空港→ヘルシンキ→ビリニュス泊

●今日の予定
 きょうは成田空港からフィンランドのヘルシンキへ。そこで乗り継いでリトアニアの首都・ビリニュスへ向かいます。長いフライトになりますが、体調管理に気をつけて無事にバルト3国への1歩を踏み出したいと思います。

●総勢25名
 8:20、集合場所の第2ターミナル・Aカウンター前に。宅配便に預けたスーツケースを受け取り、さっそくチェックイン手続き。シート配列2×4×2の窓際2席をゲットできました。
 今回の参加者は定員いっぱいの25名。名簿を見ると男性9名、女性16名。うち夫婦7組、姉妹、母子各1組、後は単身参加という構成。女性上位のかしましい旅になること間違いなしです。

●待合室風景
 すでに学校の夏休みに入っているはずですが、待合室には空席が目立ちます。燃油サーチャージの高騰で海外旅行者が減少していると聞いているので、その影響でしょうか。
 しかし、搭乗したヘルシンキ行きのフィンランド航空AY074便(11:00発)は満席。日本航空JR5071便との共同運航なので、ツアー客が大多数を占めています。自分たちのグループは25人のはずなのに、搭乗したのは23人だけ。「?」です。

●フィンランド航空
 フィンランド航空に搭乗するのは、今回が初めて。ヘルシンキ・ヴァンター国際空港を本拠地に、ヨーロッパやアジア、アメリカなどの50都市に国際路線を持つ航空会社です。日本では成田、中部、関西の各空港から発着便があります。
 設立は世界で5番目に古い1923年。機内に禁煙席を設けたのも、コンピュータ・ナビゲーションシステムを導入したのも、最初というのが自慢です。また、成田―ヨーロッパ間のノンストップフライトの運航は、その後の北回り直行便の先駆になりました。

●就航25周年
 日本への初就航は1983年。今年は25周年を迎えました。日本の3空港とヘルシンキ・ヴァンター国際空港は、最速最短で9時間30分で結ばれています。ヘルシンキからビリニュスまでは1時間15分の予定です。
 機内はきれいですが、座席の間隔が狭く感じられます。後部座席はフィンランド人らしい母子。おしゃべりが止まず、先が思いやられます。

●9時間30分
 11:23、離陸。眼下に広がる田んぼは緑が濃くなって、稲の成長ぶりがはっきり。ヘルシンキまでは7835km。機長から「9時間30分」のフライト時間が予告されました。最短距離を飛んでくれるようです。
 毎度同じように、これから到着までフライトデータをにらめっこする時間です。最近は機内では文字をほとんど読まず、目を休めることに専念しています。それだけ退屈な時間が長くなるわけで、年々、長距離のフライトが苦痛になってきました。

●チキンご飯
 12:20、ドリンクサービス。ワイン、ビール、ソフトドリンクは無料ですが、ジンやウオッカは4ユーロです。続いて1回目の機内食。チキンとご飯、サラダ、茶そばなどのセットが1種類だけ。期待していましたが、普通の味でした。
 機はハバロフスク上空を飛行中。緑の大地が広がって、夏の風景を見せています。いつの間にか食後のシエスタ(昼寝)に入ってしまいました。

       《以下、マイナス6時間のバルト3国時間で表記》

●自然の造形
 10:55、機はシベリア上空を飛行中。あと3540km、4時間あまりの辛抱です。雲間からのぞく大地は緑や湿地帯が続いています。一瞬、虹も見えましたが、カメラの準備が遅れて撮りそこなってしまいました。残念!。
 湿地帯に茶色の帯がうねっています。蛇がのたうち回っているように見えるのは、どうやら川のよう。高度11580mから見せてくれる自然の造形、夏の表情です。

●いささかの因縁
 最終目的地のバルト3国までは、まだかなりの距離。忍耐の時間は続きますが、バルト3国、とくにリトアニアはぜひ訪れてみたい国でした。それは私が住んでいる町といささか因縁があるからです。
 「日本のシンドラー」といわれる元リトアニア副領事、故杉原千畝さん発給の日本通過ビザを持つユダヤ人難民が、最初に上陸したのが福井県の敦賀港です。港に小さな資料館があり、出発前に見学しました。

●旧ソ連の国
 12:30、機はシベリアの最北、海岸線すれすれに飛行し、ウラル山脈を越えました。いつまでも続くロシアの領地。この辺りまで来ると、疲れがたまって広大な国を実感しますが、ソ連時代はもっと広かったのですから驚きです。
 バルト3国もかつてはソ連に併合された構成国。当時、ソ連は東ヨーロッパとアジアの15共和国を配下に治め、世界の陸地の6分の1を占めていたのです。大変な連邦国家だったのだと、あらためて思いながら眼下を眺めています。

●バルト3国
 バルト3国とは、バルト海沿岸のエストニア、ラトビア、リトアニアの3つの国のこと。いずれも北海道より狭い面積の小国ですが、バルト海貿易の玄関口にしたいロシア、異教徒改宗を目論むドイツなどに翻弄され続けました。
 20世紀になっても両国の介入は続きます。ドイツの支配下にあった1918年に共和国独立を宣言しましたが、第2次世界大戦でドイツが敗北し、1940年にはソ連に併合されてしまいました
 ソ連にペレストロイカ政策が採られるようになって、再び独立気運が高まり、1990年にリトアニア、翌91年にエストニアとラトビアが独立を宣言。ソ連国家評議会もこれを承認、ソ連崩壊後の1993年に駐留ロシア軍が全面撤退して、真の独立を果たしました。

●3者3様
 3国ともNATO(北大西洋条約機構)、EU(欧州連合)に加盟していていますが、独自の通貨を利用しています。リトアニアはリタス、ラトビアはラッツ、エストニアはクローン。
 厳しい環境の中で、身を寄せ合うようにする小さな国ですが、宗教もカトリックとプロテスタントに分かれ、言語も違います。また、複雑な歴史を刻んで町の趣も3者3様の個性を秘めているそうです。旅行中に、その辺りを見聞できれば…と楽しみにしています。

●緑の農地
 13:15、ヘルシンキまで1347km。あと1時間45分です。2回目の機内食はパスタ。辛すぎて大半を残してしまいました。ウラル山脈辺りから続いていた乳白色の下界。やっと雲が切れて、機窓の風景を楽しめるようになりました。森の中に緑の農地が点在しています。
 機内も人の動きが忙しくなってきたようです。旅行会社の添乗員が客席を回って、到着後の流れやトランジット(乗り継ぎ)の手順などを説明しています。

●やや厳しい検査
 高度を下げるにつれて、緑に包まれたヘルシンキの町並が迫り、15:00、ヴァンター空港に着陸しました。定刻より20分も早い到着。乗り継ぎにも余裕ができました。
 トランジットのセキュリティチェックはやや厳しく。自分の手荷物が開示を命じられました。デジカメの予備バッテリーがX線に反応したようです。パスポートやメモ帳まで篭に入れて、X線を通すように言われたのは、初めてのことなので、びっくりでした。

●ヴァンター空港
 乗り継ぎなのに入国手続きが必要。バルト3国はいずれもEUに加盟しているので、ここで入国の審査を受けてしまえば、リトアニアでは手続きが不要なようです。長い通路を歩いて、ビリニュス行きの20Bゲートへ。
 ヴァンター空港には1996年に降りたことがあります。当時は暗い空港の印象しかありませんでした。いまは見違えるような充実ぶりで、明るい空港に変身していました。北欧や東欧へのハブ空港として利用されており、充実した施設と世界でも屈指の利便性、安全性をPRしています。

●ビリニュス到着
 ビリニュス行きフィンランド航空AY133便は、2×2の座席が25しかない100人乗り。16:25、満席の乗客を乗せて飛び立ちました。バルト海の多島美は逆光に邪魔されて、黒ずんでいたのが残念でした。短時間フライトなのにパスタやパン、ワインやビールのサービスもあります。
 食事中に高度を下げ、眼下には森の中に佇む集落が迫ってきました。AY133便は17:25、ちょうど1時間のフライトで快晴のリトアニア・ビリニュス国際空港に着陸しました。

●現地通貨に両替
 全員のスーツケースが無事に届き、到着口で現地の女性ガイドに迎えられました。入国手続きもなく、あっけないリトアニア第1歩です。
 さっそく、空港内で現地通貨のリタス(LT)に両替。宮殿の内部かと見紛うような立派な建物に両替所はありました。事前の説明で円からの両替はできないとのことでしたが、ユーロ、米ドル、円すべて可能です。1リタスが50円ほどの交換レートでした。

●リタス
 通貨には紙幣と硬貨があり、リタスとセンタスという2種類の単位が存在します。センタスはアメリカ通貨のセントのように補助通貨の役割。1リタスは100センタスです。リタスはソ連併合時代に姿を消しましたが、独立後の1993年6月25日から再使用されています。
 紙幣は10、20、50、100、200、500の6種類。表面に国を代表する歴史上の人物の肖像画がデザインされています。入手した10リタスには、アメリカに移住して飛行士になったステポナス・ダリュスとスタシス・ギレナス、20リタスには詩人のマイローニスが描かれていました。

●ローランドさん
 バスはネリス川を渡ってホテルへ。ハンドルを握っているのはローランドさん。8月1日までのお付き合いだそうです。5月に訪れたドイツのドライバーも同じ名前でした。リトアニアのローランドさんもなかなか慎重な運転です。
 ビリニュスの鉄道駅などを車窓に流しながら、バスは18:35、町の北側に建つホテル「ベストウェスタン」に到着しました。

●リトアニア
 明日からの観光に備えて、少しばかりの予習です。リトアニアはヨーロッパ北東部にある共和国。かつてはリトアニア・ソビエト社会主義共和国として、ソ連邦の一員でしたが、ソ連崩壊によって悲願の独立を果たしました。首都はビリニュス。バルト3国では、もっとも南に位置しています。
 面積は約6万5300平方km。北海道の80%ほどですが、3国では最大です。ラトビア、ベラルーシ、ポーランド、ロシアの一部(カリーニングラード州)と国境を接しています。

●カトリック教国
 人口は350万人。リトアニア人が85%近くを占め、他にロシア人、ポーランド人などが住んでいます。リトアニア人の祖先はインド・ヨーロッパ語族のバルト語派。
 公用語はリトアニア語。3国で唯一のカトリック教国で、ローマン・カトリック派が主流です。通貨はリタス。ユーロのレートは固定されていて、1ユーロ=3.45リタス。

●大公国
 国の歩みについても簡単に触れておきます。リボニア(現ラトビア、エストニア)とプロイセン(ドイツ北 東部)の両地域に挟まれたリトアニアは、13世紀から15世紀にかけて、キリスト教化を図るドイツ騎士団に悩まされました。
 リボニアはすでに騎士団の支配下にありましたが、14世紀前半、独自のリトアニア大公国を築き、ポーランドとの同盟関係を結んで対抗しました。

●勢力拡大
 14世紀末には双方が合体したリトアニア・ポーランド王国が誕生。首都ビリニュスを拠点に西はバルト沿岸、東はベラルーシ、ウクライナなどへ勢力を拡大しました。
 しかし、1795年にポーランドに呑み込まれ、支配下に甘んじる憂き目に。20世紀に入ると、すでに触れたようにラトビア、エストニアと同じような運命を辿ることになります。

●豊かな自然
 国土の30%以上を森林が占め、また、湖沼や川が多く、標高は高いところでも200m前後。湖沼は3000以上、ネマン川など全長100km以上の川が22もある、自然豊かな国です。古くから琥珀の産地として有名。バルト海に面しているのは、わずか100kmの海岸線。その半分がクルシュー(ネリンガ)と呼ばれる砂州です。
 国花はヘンルーダ。ミカン科の植物で、薬用植物として栽培されます。国鳥はコウノトリ。旅行中にどこかで見られるかも知れません。楽しみにしています。  

●ベストウェスタン
 今夜から2泊するベストウェスタンは、客室数114の4つ星ホテル。鉄道駅から3km、空港から6kmの新市街にあり、近くにはショッピングモールもあります。部屋はやや狭い感じですが、ひと通りの設備は整っていました。窓からはラファエル教会が望めます。
 スーツケースが届くのを待って、ショッピングモールへ出かけてみました。目的はスーパーで水を買うこと。1.5gのボトルが1.59リタスでした。 

●暑いビリニュス
 時刻は20:00。西に傾いたお天道さんは、まだまだ元気。焼け付くようなかんかん照り。片道10分ほど歩いただけなのに、汗が噴き出しました。ビリニュスは暑い!。日没は22:30ごろと聞きました。
 涼しい国、とばかり思っていたので意外ですが、空調の設備があるので助かります。夕食はフリー。成田空港で買ったおにぎりを食べました。疲れているはずなのに、美味しかったです。部屋にも水の1.5gボトルがあり、約750円の値がついていました。


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