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◎8月1日(金)晴 (6日目)
リガ滞在

●今日の予定
 きょうは終日、リガ市内を観光します。快晴。遙か遠くにブルーのねぎ坊主を見せるロシア正教会が朝の光に輝いていました。
 朝食はこれまでで最高。ハムやソーセージ各種、ニシン、サーモン、鱈のスモーク、ピクルス各種。好物のカマンベールチーズもあってご機嫌な朝になりました。食後、ホテル周辺をぶらぶら。さまざまな建物が運河に影を映し、釣り糸を垂れる人も見かけました。

●リガ
 9:00、観光に出発。まず、新市街に建つアール・ヌーボーの建築群へ向かいました。リガの市内観光を前に、例によって簡単な予習です。
 リガは800年の歴史を持つバルト海東岸最大の古都。1201年、ローマ教皇から先住民のキリスト布教を命じられたドイツ十字軍が上陸、聖堂などを建てました。これがリガの基礎といわれます。

●ハンザ同盟
 兵士たちの帯剣騎士団に守られた町に、ドイツ北東部のハンブルクやブレーメンから商人が集まり、町づくりが進められました。リガに入ってすぐ「ドイツの町のよう」と感じたのは、このためだったのです。
 リガはリガ湾からダウガワ川を10kmほど遡った地点。1282年にはハンザ同盟に加盟し、北ヨーロッパの重要な港湾都市として繁栄を続けました。2001年に建都800年祭を開催しました。

●世界遺産
 貿易、海運、造船などで栄えたリガ。かつて城壁に囲まれていた旧市街を中心に、リガ城、大聖堂、帯剣騎士団城址、聖ヤコブ聖堂など、中世の歴史を物語る建造物が目白押しです。
 また、ハンザ同盟都市の証明ともいえるブラックヘッドのギルド、建築の歴史を物語る3人兄弟の家など、必見といわれる観光名所が多い町です。ユーゲントシュティール建築群を含めたリガの歴史地区は1997年、世界文化遺産に登録されました。「バルト海の真珠」と讃えられるリガは、神戸市と姉妹都市です。

●ユーゲントシュティール
 最初に訪れたのは、ユーゲントシュティール建築が並ぶ新市街のアルベルタ通り。人間や花などをモチーフにした、こてこて装飾が外壁を埋めています。ユーゲントシュティールとは、19世紀から20世紀にかけて流行した新建築様式運動、アール・ヌーボのドイツ語です。
 目の前に立ち並ぶ奇抜な建物は、リガの建築責任者だったミハエル・エイゼンシュテインの設計によるもの。ユーゲントシュティールの呼称は、ドイツ・ミュンヘンで創刊された大衆雑誌「ユーゲント」に因んでいるそうです。

●見上げる観光客
 建築群はリガ市内に点在していますが、とくにダウガワ川と運河に囲まれた500平方mほどのアルベルタ通り、エリザベテス通り辺りに集中しています。
 建物は4、5階建てですが、高さはどれも同じ。ラトビア大学経済学部、市庁舎、アパート、オフィスなどに使われています。すでに多くの観光客が訪れ、狭い通りの両側に立ち並ぶ芸術作品を見上げていました。

●奇抜なデザイン
 外壁に施された装飾はどれも奇抜です。建物の天辺に人間の巨大な顔、塔を支える天使?のしかめ面、架空の動物もいれば、猫が見守る家もあります。鉄柵のベランダがあるのも特徴。なんとも不可思議な空間でした。
 設計者のミハエル・エイゼンシュテインは「戦艦ポチョムキン」や「アレクサンドル・ネフスキー」、「イワン雷帝」などを製作した映画監督、セルゲイ・エイゼンシュテインの父。通りにレリーフがありました。

●自由記念碑
 建築群は旧市街の近く。国立オペラ座から新旧の市街を隔てるピルセータス運河へ。北側の新市街に高さ51mの自由記念碑が聳えていました。デザインは公募、建設費は市民の寄付で建てられた、ラトビアの自由・独立のシンボルです。
 天辺には3つの星を掲げたブロンズのミルダの像が立っています。金色に輝く3つ星は国内3地域を表現。基台に「祖国に自由を」の文字が刻まれています。ソ連に併合された時代も無事でしたが、近年、きれいに修復されました。衛兵がしっかり見守っています。

●火薬庫
 トラム(路面電車)が行き交うバステヤ通りを渡りきって右折。通りを進むと、蔦が絡まる赤煉瓦の塔が建っていました。火薬を保管していた火薬塔です。高さは25m、壁の厚さは3mもあります。
 塔は14世紀に建ち、1621年に再建されて火薬の保管庫に。現在は博物館になっています。外壁には17、18世紀にロシア軍が撃ち込んだ砲弾7個が埋まっているとか。かつて城壁には29もの塔がありました。唯一残っているのが、この火薬塔です。

●城壁
 旧市街は13世紀から18世紀まで城壁に取り囲まれ、塔は普段、食料倉庫などに流用されていました。現在の城壁は後に復元されたものです。
 火薬庫の周辺ではいまも復元工事が行われていますが、途中でストップしたままのものも。ガイドは「障害物があったり、資金不足があったり…」と言っていました。

●スウェーデン門
 徒歩の観光が続きます。快晴のリガはどこへ行っても観光客だらけ。スウェーデン門の周辺もたくさんの人です。リガにただ一つ残された、かつての城門。17世紀末に建てられました。
 そばのスウェーデン兵舎に住む兵士たちが利用したので、この名がつけられたそうです。スウェーデン兵と恋に落ちた娘さが城門に埋め込まれたという、悲しい伝説もあります。

●聖ヤコブ教会
 石畳の狭い通りを抜けて、高さ80mの緑の尖塔が聳える聖ヤコブ教会にやって来ました。1225年の建造。1522年にラトビア最初のプロテスタントの拠点になり、その後、再びカトリック教会に復帰しました。教会内を少しだけ見学。
 「尖塔の中ほどに突起が見えるでしょう」。ガイドに促されて見上げました。「哀れな罪人の鐘」が吊されていた場所。罪人を処刑する日に鳴らしたそうです。不貞の女性が通ると鳴ったとも伝えられています。

●3人兄弟
 聖ヤコブ教会を南に少し下れば3人兄弟の家。兄弟ではありますが、人間ではありません。15世紀から18世紀の間に建てられた3棟の家屋のこと。それぞれの時代の建築様式を反映した3棟が仲良く寄り添っているので、兄弟になぞらえたのもです。
 15世紀に建てられた長男の家は、白いのっぽ。窓が小さいのは当時、窓に税金がかけられていたからとか。リガ最古の住宅です。真ん中の3男のはややメタボ風。税が緩やかになって、住宅事情が好転した証だといいます。

●リガ大聖堂
 3人兄弟のすぐ近くに、ホテルからも見えた黒い塔のリガ大聖堂があります。土着宗教を信仰する先住民にキリスト教を布教するため、1211年に創建されました。現在の重厚な赤煉瓦づくりに改修されたのは18世紀になってから。 
 教会に自慢が2つ。1つは1883年製作のパイプオルガン。パイプは6718本で、10mという長大もあります。もう1つは、リガの歴史を記録したというステンドグラスです。

●受難教会
 大聖堂では毎夜、パイプオルガンのコンサートが開かれており、自分たちも夕食の前に鑑賞することになっています。ステンドグラスもそのとき、ゆっくり見ることにして、次の観光に移りました。
 周辺には、現在は大統領官邸になっているリガ城、白と水色が調和したロマンチックな聖母マリア受難教会なども建っています。外観と同様に祭壇も優美でした。

●ブラックヘッドのギルド
 路地をぐるぐる歩き回って、ダウガワ川近くにある市庁舎広場にやってきました。目に飛び込んだのは、南側に建つ鮮やかな赤煉瓦の建物。漆喰で縁取りされたファサード、金やブルーをふんだんに使った装飾の数々…。「きれいやな!」。煌びやかさに感嘆あるのみです。
 リガでもっとも華やかといわれるブラックヘッドのギルド。リガ建国800年祭を記念して再建されました。

●ファサードの装飾
 ブラックヘッドのギルドとは、さらに上のグレード・ギルド(職業組合)入りを目ざす若い貿易商人たちが、知識を蓄えたり、親睦を図るための会館でした。14世紀中ごろに創建され、その後、改築が繰り返されました。  
 1941年のドイツ軍による空襲で破壊され、2001年に往年の華麗な全容が蘇りました。ファサードには、ギリシャ神話の神々、ハンザ同盟都市の紋章、ブルーの大時計などの装飾があふれています。

●ギルドと教会
 とくに艶やかなのは入口の周辺。左側に金色の冠を被った聖母マリア像、右側に黒い顔の聖マリティウスの像が描かれています。ここは観光客が訪れたいNO1の名所。人種を問わず、大勢の人々が絢爛のファサードに見惚れていました。やや逆光なのは残念でしたが…。
 ブラックヘッドのギルドの隣には、高さは123mの尖塔を持つ聖ペテロ教会が建っています。双方を収めた写真もよく紹介されるビューポイントです。

●聖ペテロ教会
 聖ペテロ教会は1209年に創建されました。教会は火災や第2次大戦中の爆撃で破壊され、金色の雄鶏が煌めく尖塔も度々倒壊しました。現在の建物は戦後、改築されたものです。
 教会内には爆撃を受けた惨状を物語る写真、焼けただれた尖塔の雄鶏、崩落した石材などが展示されています。

●旧市街展望
 リガでもっとも高い尖塔にはエレベーターがあり、高さ70mの展望所に上がることができます。順番待ちをして展望所に立ちました。カラフルな町並に建つ大聖堂。周辺にはいくつもの尖塔が並び、後背のダウガワ川にはクルーズ船が停泊しています。
 向きを変えれば、中央市場や近代的なビル、ラディソンSASホテルなどが視野に。快晴のリガ旧市街がパノラマで楽しめました。

●塔建設の伝説
 聖ペテロ教会には、塔の建設にまつわる伝説があります。塔が倒壊し、立て直されると建築責任者が先端の雄鶏に跨ってワインを飲み干し、グラスを地面に投げ落とします。割れ方によって教会の未来を占ったという、ありそうで、なさそうな内容。焼けただれた雄鶏を見ると、その大きさに驚きです。
 教会の前にドイツのブレーメンから贈られたという音楽隊の像があったのですが、見落としてしまいました。

●市庁舎広場
 市庁舎広場は町の中心。ブラックヘッドのギルドや聖ペテロ教会のほか、北側は市庁舎、西側は博物館などが取り囲んでいます。市庁舎は白と茶色のツートンカラー。3階建ての中央に尖塔が聳えています。
 庁舎の前に白いローラントの像が建っています。フランスの中世叙事詩「ローランの歌」の主人公は、町の守護神でもあります。市庁舎、像ともに第2次世界大戦後に再建されました。

●猫の家
 黒い円錐屋根の上に、尻尾を跳ね上げた猫が1匹。観光スポットの一つ、猫の家です。大金持ちラトビア商人が、グレード・ギルドへの加入を拒否されました。その腹いせにギルドの建物に尻尾を向けた猫の彫刻を取り付けたといわれます。
 ギルド側が怒って裁判所沙汰にもなったそうですが、その後向きを変え、現在はギルト方向に顔を向けて鎮座しています。グレード・ギルドはコンサートホールになりました。
●様々な話
 猫の向きが変わったのにも、いくつかの見解があるから面白いです。@裁判所の変更命令に従ったAコンサートホールになったラージ・ギルドから聞こえる音楽の調べにつられて、自ら向きを変えた…などです。
 ラトビア商人の館が現在、どのように使われているのかは聞きそびれました。

●スモール・ギルド
 グレード・ギルドの横には英国風のスモール・ギルドが建っています。12:00、午前の観光が終わって、近くのレストラン「リヴォニヤ」で昼食。かつてのワイン貯蔵庫を改装した店です。メインはラトビア風ロールキャベツのカーポストゥ・ティーテニスでした。
 午後はフリータームですが、H・Mさんの提案で希望者はダウガワ川をクルーズすることになりました。大半の人が参加を決め、アクメンス橋のそばにある遊覧船発着場へ。

●自転車に配慮
 石畳の路地を歩いていると、リガのさまざまな素顔が見られます。大繁盛する広場のオープンカフェ、手持ちぶさたの観光馬車、カラフルな観光バス…。ぶらぶら歩きは楽しいです。
 川岸に通じるガードを潜りました。階段の隅に鉄板が敷かれています。自転車を押しながら上下できるようにとの配慮です。ドイツでも各所で見かけました。日本でも都会にならあるのかも知れませんが。

●ダウガワ川遊覧
 遊覧船は14:00、定員いっぱいの客を乗せてスタート。進むにつれ、大聖堂や聖ペテロ教会などの尖塔がアングルを変えて楽しませてくれます。市民の台所である中央市場も目前に。
 真っ白いボートが気持ちよさそうに疾走しています。カヌーの若者が手を振ってくれました。大型のクルーズ船数隻が停泊。乗客がリガの観光から戻るのを待っているのでしょう。宮殿のような建物も見られ、視線は右へ左へと忙しいことです。

●水浴の市民
 昨日も眺めた、のっぽのテレビ塔が迫ってきました。高さが368mもあります。林の中のロシア正教会の黒や金色の玉ねぎ坊主が見え隠れし、水辺のあちこちには水浴に興じる市民の姿…。
 遊覧船はテレビ塔付近で折り返し。発着場を過ぎて、アクメンス橋を潜りました。「塔が建ち並ぶ旧市街の風景を、心ゆくまでご覧あれ」のサービスです。わずか1時間あまりのミニクルーズでしたが、快晴、心地よい川風に満足しました。乗船料は4ラッツ。

●陽光の中で
 15:05、下船の後、ホテルに戻る一行と別れ、市庁舎広場に戻って周辺を散策しました。午前の観光で逆光気味だったブラックヘッドのギルドを、順光の中で見たいと思ったからです。
 陽光を浴びた赤煉瓦は、ますます美しく、おとぎ話の城のよう。観光客もまばら。「チョコレートの城のようだね」などと話ながら、ゆっくり眺めました。

●気分最高
 少し足を延ばした路地に、ユーゲントシュティールの建物を見かけました。観光客が輪になってガイドの説明を聞いていたので、きっと有名な建物なのでしょう。
 ぶらぶら歩きしながら、大聖堂前のドゥーマ広場まで来ました。石畳に埋め込まれた世界遺産の銘板を眺めていたら、「こんにちは」の声。京都から来た大学生2人の挨拶でした。「良い旅を」と別れ、アクメンス橋をてくてく歩いて、16:30、ホテルに戻りました。橋上からの風景も趣があります。汗びっしょりの散策でしたが、気分は最高でした。

●コンサート
 18:15、バスで再び大聖堂へ。ドライバーは昼のうちに交通規制を学習したとかで、今夜はスムーズでした。1211年、アルベルト大僧正が創建、その後の増改築でロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、バロックの様式を併せ持つ大聖堂。
 男女が次々と堂内に入っていきます。パイプオルガンのコンサートを聴くために訪れた観光客たちです。

●パイプオルガン
 コンサートは19:00から。抽選で決まった指定席を手に座席を探していたら、案内のおばさんがにこやかに教えてくれました。演奏が始まるころには、座席の半分ほどが埋まりました。
 コンサートは厳かに開演。プログラムをもらいましたが、ドイツ語なのでまったくわかりません。7曲演奏され、2曲目がサンサーンス、3曲目はバッハでした。昼間の歩き疲れで、ついうとうと。9オクターブ半の音域を持つという、音色の素晴らしさを理解できないまま終わってしまいました。 

●ステンドグラス
 私にはコンサートよりも、リガの歴史を描いたステンドグラスに興味が持てました。19世紀後半に製作されたもので、祭壇や壁面を鮮やに彩っています。とくに左壁面の歴史画が有名。詳しく説明を受ける団体もありました。
 中央に聖母マリアが立つ一番左の絵は、ステンドグラスを寄進したティゼンハウゼン一家と聖母マリアの図。隣の建設現場風景は、アルベルト大僧正の聖堂建設の図です。 

●歴史物語
 歴史物語は4面あり、中央で2人の人物が握手する場面は、騎士団長のプレッテンベルグがリガの市長に信仰自由の宣告書を渡す図。白馬の騎士にひざまずく男性は、スウェーデン王を迎える図です。
 パイプオルガンの演奏中にも、落ち着きなくきょろきょろとステンドグラスを眺めていました。

●光る石畳
 20:30、石畳を踏んでリガ城近くのレストランへ。夕日が差し込む石畳に光の帯ができています。夕食は野菜スープ、チキンのグリルなど。女性の1人が誕生日を迎え、ケーキがプレゼントされました。
 戸外のテーブルでは、現地の若者たちが巻き寿司やにぎり寿司を食べています。器用に箸を使い、銚子の日本酒を酌み交わしていました。私たちは草履のように大きいチキン。こりゃ、あべこべだぁ〜。

●きれいな夕景
 22:20、ホテルに戻りました。辺りはやっと暮れなずんで、ヴァンシュ橋が茜色に染まっています。対岸に聳える聖ペテロ教会の尖塔にも明かりが灯って、きれいな夕景です。 
 明日はフェリーでバルト海に浮かぶエストニア領のサーレマー島へ渡ります。フェリーの予約時間があるので早立ちです。

●他の見どころ
 市内には200年の歴史を持つ歴史と海運博物館、ワグナーが1837年から2年間住んでいた家が残るワーグナー通り、1204年に建てられた帯剣騎士団城址、1297年建造の聖ヨハネ教会など、たくさんの見どころがありますが、1日ではとても回りきれませんでした。 
 
 

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