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◎6月30日(木)晴 (2日目B)
 トリエステ滞在(市内観光)

●大運河
 大運河は、1750年から6年がかりで建設された運河の一部です。新開地テレジア地区の商人たちが船荷を安全に陸揚げできるように設けられました。カナル・グランデ(大運河)と呼ばれますが、現在残っているのは、海岸からの延長がわずか200mほど。
 運河沿いや、その周辺には、カトリック教会やセルビア正教の教会、演劇博物館、ジェイムス・ジョイス像などがあり、ウィンナーコーヒーの町らしく、カフェも並んでいます。小さいながらスーパーもあるので、観光客にはありがたい場所です。

●サンタントニオ・ヌオーヴオ教会
 運河の端にカトリックとセルビア正教の、2つの教会が建っています。正面に見えるのが聖アントニオを祀るカトリックのサンタントニオ・ヌオーヴオ教会。
 聖アントニオは、1195年にポルトガルのリスボンで生まれ、1231年にパドヴァ郊外で没しました。毎週火曜の午前中、教会前の広場でマーケット(メルカート)が開かれ、産地直送の野菜やハチミツ、石挽きの小麦粉を使った美味しいパンの店などが出店されます。

●サン・スピリドーネ教会
 サン・スピリドーネ教会堂はセルビア正教会。サンタントニオ・ヌオーヴオ教会とはサント・スビリディオーネ通りを挟んで、向かい合うように建っています。1868年の建造で、青い5つのクーポラ(ドーム)が特徴。入り口が閉じられていて、内部を見ることはできませんでしたが、黄金に輝くモザイクに装飾されているということです。教会堂はセルビア・ベオグラード大司教の管轄下におかれているとのこと。
 先ほどからフリータイムになり、妻と2人で運河の周辺をぶらついています。

●最古のカフェ
 すでに13:00すぎ。運河沿いのオープンテラスでピザかパスタでも食べようと思いましたが、慌ただしそうなので、統一広場の近くでレストランを探しました。
 古そうなカフェがありました。赤いテントがなびくオープンテラスで、男性のグループや地元の女性たちが食事をしています。雰囲気に惹かれて、私たちもテラスに腰を下ろしました。しかし、なかなか注文を取りに来ません。しびれを切らした妻がレストラン内を覗くと、添乗員のH・Kさんに同行した14人が、あれこれ注文の真っ最中。店員は大忙しでした。私たちも仲間入りし、手っ取り早いパスタにしました。後で知ったのですが、店は1830年に創業したトリエステで最古の「カフェ・トマッセオ」だそうです。

●カフェテリア
 オーストリア・ハンガリー帝国の外港として栄えた経歴を持つトリエステは、ウインナーコーヒーの町としても知られています。統一広場に面したストラッティ家の前には、1839年創業のカフェ・デッリ・スペッキのテラス席が並び、多くの人が優雅なひとときを過ごしています。
 町には他にも、1830年創業で芸術家のたまり場だったカフェ・トンマーゾ、詩人のウンベルト・サバ、また小説家のスヴェーヴォも常連だったという1914年創業のカフェ・サン・マルコなどの老舗カフェが目白押しです。

●モロ・アウダーチェ
 ランチが終わったら、すでに15:00。統一広場周辺の海沿いを散歩したり、大運河の回りをうろついて、夕方まで過ごしました。広場の前にトリエステ湾に突きだした埠頭があり、夕日のビューポイントだそうです。突堤の長さは250mほど。勇者の埠頭(モロ・アウダーチェ)と呼ばれています。
 かつては貨物船やクルーズ船が入港して賑わったそうですが、現在は不定期に入港する程度で、市民の憩いの場になっています。埠頭にはかつての船を繋いだ舫(もや)い杭が並んでいました。栄華を偲ばせる記念碑です。

●勝利の灯台
 遙か前方の高台に塔が見えました。ガイドのパトリシアさんは「ヴィットリア灯台よ(勝利の灯台)」といっていました。1927年に設けられた高さ約68mの灯台。背中に羽をつけた女神が天辺に立ち、灯台の基部には兵士の像があります。第1次世界大戦で戦死した海兵たちの鎮魂のために建てられました。
 かんかん照り。気温は30度前後ありそう。ジェラートの店は大繁盛。移動販売車も人気でした。私たちは汗をふきふき、もう少しぶらつきます。

●2つの記念碑
 突堤の近くに2つの記念碑がありました。1つは娘さんが針仕事をしている「お針子さんの像」。トリエステが1920年にイタリアに復帰したのを祝って、万国旗を縫う様子を表現しています。
 もう1つは、軍人が旗を掲げている勇ましい像。どちらも1933年に制作されたそうですが、旗の記念碑について、詳しいことはわかりません。2つの像を見てさらに足を伸ばしました。周辺には魚市場や灯台、教会、鉄道博物館などがあり、それらの建物を横目にして、統一広場、大運河へ戻りました。政庁舎のモザイクが夕日にきらきら。ほれぼれする美しさです。

●ジェイムズ・ジョイスの像
 大運河に架かるポンテ・ロッソ(橋)で、アイルランド・ダブリン生まれの詩人で小説家、ジェイムズ・ジョイス(1882-1941)の像を見かけました。英語教師としてトリエステに長年滞在し、その間に名著「ダブリン市民」を書き、20世紀を代表する文学作品の一つ「ユリシーズ」の構想を練ったといわれます。
 ジョイスが住んでいたのは、ウンベルト・サバの弟子が経営している古本屋の2階だったそうです。像の横に立って記念写真。少しでも共感を呼べる文章を書けるようにと、願掛けをしました。

●サン・ニコロ・ディ・グレチ聖堂
 先ほどランチした「カフェ・トマッセオ」の近くに、左右対称の鐘楼を持つサン・ニコロ・ディ・グレチ聖堂が建っています。1787年に建立されたギリシャ東方正教会の聖堂です。鐘楼は1820年前後に設けられたそうです。
 海沿いのニッコロ・トンマゼオ広場の端にあり、1月6日にはモロ・アウダーチェ(勇者の埠頭)から十字架を海中に投げ入れ、先を競って拾い上げる祭りがあるそうです。

●カルチョッティ館
 大運河の起点に威風堂々とした建物がありました。6本の円柱が支え、その上には6人の人物像が立っています。1802年から1805年にかけて建造されたカルチョッティ館だそうです。
 トリエステには、まだまだ見どころがありますが、寝不足と暑さで疲れました。運河沿いのコンビニで水とネクタリンを買って、16:30、ホテルへ戻りました。女性たちの話を聞いていると、イタリア文学、須賀敦子さんの著書「トリエステの坂道」などに刺激されて、参加した人もいるようでした。

●他の見どころ
 他の見どころとしては、「トリエステの坂道」に登場するウンベルト・サバの像と彼が経営していたサバ書店。サバ(写真)はトリエステを題材にした多くの詩を書いています。像はパイプをくわえ、ステッキで歩いている姿。デパートCOINの前にあるそうですが、見られませんでした。
 サンタ・マリア・マッジョーレ教会やサン・シルヴェストロ小聖堂、といった歴史的建造物もあります。添乗員のH・Kさんは希望者を、レヴォルッテラ博物館へ案内しましたが、私たちは参加しませんでした。スエズ運河の建設にも関わったレヴォルッテラ男爵の邸宅ということです。

●初の夕食
 夕食は大運河近くのレストラン「ANTICO PANADA」で。ホテルから15分ほど歩きました。ハムとルッコラ、トマトの前菜、ポークのフィレ、デザートでした。
 食事の前に簡単な自己紹介。関東が中心ですが、大阪府豊中市、兵庫県三田市、名古屋市、静岡県浜松市などからの参加者もいました。中には中学生時代からの仲良しという女性の2人連れも。参加者21人は、最近に例がない多人数です。全員が無事に旅ができることを祈るばかりです。

●広場の夜景
 「統一広場の夜景がきれい」と聞いていたので、足を延ばしてみました。市庁舎や旧ロイド・トリエスティーノ宮殿などが暗闇に浮かんでいます。白熱電灯に照らし出された夜景は地味ですが、落ち着きがあって大人のムード。
 夏は各種のイベント、冬には巨大なクリスマスツリーが立つ広場ですが、冬場はときどきボーラという強い北風が吹いて、観光客や市民を悩ますとか。須賀敦子さんの「ミラノ霧の風景」にも書かれているそうですが、今夜は全くの無風でした。

                                 (前半は2日目Aに掲載)


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