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◎3月7日(木)晴 (5日目)
 オプウォ滞在(ヒンバ族の集落観光)

●今日の予定
 きょうはオプウォに滞在して、「世界一美しい裸族」といわれる少数民族、ヒンバ族の村を訪問します。ナミビア観光のハイライトの一つ。日程表によると、終日、ヒンバ族の村でのんびり過ごすというので、みんなが楽しみにしています。
 04:15、目覚め。そろそろ日本食が恋しくなり、出発前に友人が差し入れしてくれた、五目飯を食べました。すでに満腹状態なので、朝食は超肥満のおじさんが焼いてくれたオムレツとコーヒーだけで終わりました。曇りですが、いまのこところ雨の心配はなさそうです。

●巣づくろい
 プール周辺の林間を野鳥が飛び交っています。木の枝には鳥の巣がぶらぶら。そのうちの1個に黄色い鳥がやって来て巣づくろいを始めました。
 アフリカにはハタオリドリの仲間の大半が棲んでいるそうですから、その1種のようです。これまで、枝にぶら下がっている巣は何度も見ましたが、巣を出入りする鳥の姿は初めて。08:10、気分良く、ヒンバ族の村へスタートしました。

●ハプニング
 村まではトラックを改造したような特別車で向かいます。ドライバー兼ガイドは現地人のコンソさん。発車したとたん、あちこちから「キャー」の悲鳴。昨夕の雨が屋根に溜まっていて、車が動いた拍子にぼたぼたと落ちてきたのです。
 錆だらけの屋根だったので、衣類や帽子には赤茶色がべったり。しばらくは、席を移動しながら、落ちてくる雨水から逃げ回っていました。

●様々な民族
 ロッジからオプウォに出るまでが大変。深く抉られた道路を左右、上下に揺られながら進みます。「まるでロデオだね」。そんなつぶやきが聞こえてきそうです。
 オプウォの町内や周辺には、ヒンバ、ヘレロ、ゼンバ、オバンボ、デンバなど10以上もの民族が暮らしているとか。上半身が裸の女性、頭に荷を、お尻の上に赤ちゃんを乗せた女性、カラフルな衣装の女性たちが目に入ります。

●親しみ
 青空が広がってきました。オプウォの町を抜けたバスは、半砂漠のがたがた道を進みます。舞い上がる砂埃。マスクで防戦ですが、路傍で手を振ってくれる人々は、見慣れない格好に怪訝な表情です。
 ナミビアを走っていて、親しみを感じるのは、バスを見かけたら大人も子供も笑顔で手を振ってくれること。先ほどはヒンバの女性が、いまは赤いスカーフの女性2人が振ってくれました。こちらも習ったばかりのヘレロ語で「モロ(こんにちは)」、「モロ」とあいさつ。
 
●テクニック
 他にもいくつか、ヘレロ語の挨拶を習いました。「元気ですか?」は「ペリピ」か「コレー」、「元気です」は「ワナ」、「ありがとう」は「オクヘパ」。また、笑顔のヒンバ族を撮影する"秘訣"も教わりました。
 それは「ほめる、おだてる、にっこり」。K・Mさん流のテクニックだそうです。照れ屋の自分には苦手な3原則ですが、手を振ってくれる人には、ほんまもんの笑顔で応えています。
 
●沿道の家屋
 郊外にはピンク、グリーンなどカラフルな外壁の家が建っていますが、さらに進むと、徐々に粗末な家屋が増え、掘っ立て小屋が主流に。ヒンバ族の家族も住んでいるようで、子守をする女性を見かけました。
 斜面に点在する家の周りに、ささやかな緑地もあります。遠目には確認できませんが、家庭菜園かも知れません。ナミビアは半砂漠地帯なので、雨期というのに川には水がなく、石ころだらけの涸れ川(ワジ)。野菜栽培は不向きで、畜産が頼りです。沿道に畑を見かけたのは、これまでに小さなトウモロコシ畑を1度だけでした。

●ヒンバ族
 ヒンバ族の集落が近づいてきました。ナミビア奥地のカオコランド地方に暮らすヒンバ族は、一族ごと集落をつくって生活しています。総人口は1万人から1万5000人とも、2万人から5万人ともいわれていますが、はっきりしません。そのうち約5000人がオプウォ周辺に住んでいるそうです。
 一夫多妻で、男性は牛や山羊など家畜の遊牧、女性は家事や水汲み、子供の世話という、昔ながらの生活スタイルを守り続けています。 

●長老の許可 
 08:45、最初の集落に到着。集落は柵に囲まれ、その中に家族の家、子供たち専用の家が点在しています。車が止まると、子供たちが集まってきました。しかし、集落に入るには、長老の許可が必要。ガイドのコンソさんが交渉の結果。訪問OKが出ました。
 集落にはオフングムレ、オトウタテイなどの呼び名があるそうで、、日本でいえば00家」といったところ。訪れた集落の名は聞きそびれました。

●一夫多妻
 一夫多妻のヒンバ族。コンソさんの説明によると、先祖は17世紀にザンビアから移住したヘレロ族です。財力は牛の数。妻は3人から8人、妻1人が8人から10人の子供を出産するのが一般的とか。男性は多くの妻を持つこと、女性はたくさん子供を産むことが誇りだそうです。
 牛糞で固めた家で、電気や水道のない、昔ながらの暮らしをしています。男性は放牧に出かけて留守がち。昼間は女性や子供たちがほとんど。女性は上半身が裸で、赤茶色のクリームを塗っているのが特徴です。

●やんちゃ坊主
 コンソさんの案内で集落へ。門番のような女性が赤ちゃんを抱えて迎えてくれました。集落に響くのは、うじゃうじゃいる子供たちの声ばかり。成人男性の姿はなく、女性も少ないようです。男性は朝早くから放牧に出かけ、女子の多くは水汲みに出かけているとのこと。 
 「しばらくしたら女性たちが戻ります」というコンソさん。あちこちで子供たちの撮影会が始まりました。どこで覚えたのか、ファイティングポーズを真似るやんちゃ坊主、車のタイヤを転がして遊ぶ子供…。天真爛漫な被写体にシャッター音が連射されました。

●赤茶色の女性
 30分もすると、水瓶を抱えた女性たちが続々戻ってきました。被写体は独特なスタイルの女性たちに交代。絵はがきやパンフレットで見た赤茶色の女性たちが、あちらにも、こちらにも。
 「モロー」の挨拶、そして、にっこり。事前の学習を発揮して、女性たちにカメラを向けます。しかし、微笑み返しをしてくれる女性はごく少数。観光客慣れしているのか、大方の女性は「はい、どうぞ」といった感じの対応です。それでも、カメラを嫌がる女性はいません。

●独特のスタイル
 数ある部族の中で、ヒンバ族がとくに有名なのは、昔ながらの暮らしぶりだけでなく、女性たちが全身を赤茶色に化粧し、あでやかな装身具で飾っているから。男性はふんどし、女性は上半身裸で、羊の皮でつくった前掛け風のスカートをつけています。
 また、鉄分を含んだ赤茶色の石の粉と牛の脂分を練った「オカ」という独特のクリームを頭髪から体の隅々まで塗り、貝殻などの装身具で目いっぱいのおしゃれをしています。

●オカの薬効
 「オカ」は皮膚の乾燥と日焼けの防止、虫除けに効果があるそうです。風呂に入ったり、水浴びする習慣がないので、生涯に化粧を落とすことはほとんどありません。
 効果が薄れてきたら、オカを上塗りし、香を焚いて、体臭を消す工夫をしています。コンソさんの話では、素肌になるのは、病気をして医師の診察を受ける時など、限られた場合だけだそうです。オカの原料を見せてもらいました。
 
●アクセサリー
 重いほどのアクセサリーを身につけるのには、訳があるそうです。アクセサリーによって既婚か未婚か、子供の数などを表し、魔除けにもなっているといいます。また、髪の結い方にも違いがあります。
 思春期前の女の子は、結んだ髪の毛を前に垂らし、成人女性は冠か角のような形に結っています。

●食事の準備
 家の前で薪を燃やし、食事の支度する女性もいました。搾りたての山羊のミルクを沸かし、その中にトウモロコシの粉を入れてかき混ぜています。「これが主食」とガイド。見た目は、お粥のようでした。
 「文明社会を拒絶して、伝統的な遊牧生活の自給自足を守る」と紹介されることが多いヒンバ族ですが、実際は町へ出て、食料を買ったりしています。1980年代後半から徐々に時世に影響されるようになってきたそうです。   

●山羊の乳搾り
 第一夫人の家を見せてもらいました。竈(かまど)か、お香か知りませんが煙が充満しています。気管が弱い自分は中に入るのを敬遠して、柵の中の山羊を見物。乳搾りをしていた女性たちが「中に入っておいで」と手招きしてくれました。 
 「あんたも、やってみな」と、絞り方を教えてくれたので、その通りに搾ってみましたが一滴も出ません。大笑いされてしまいました。第一夫人の家では化粧の様子などを見せてもらったそうです。

●商売開始
 写真撮影や見学が終わるころを見計らった女性たちは、お土産の手芸品を並べて商売開始。ヘレロ族のおばさんも商売の仲間入りをして、ブレスレット、ネックレスなどのアクセサリーや小物入れが並びました。
 「お礼代わりに何か」と思いましたが、欲しいものが見つかりません。いささか気がとがめましたが、数人が買ったので、ほっとしました。

●ゼンバ族
 広場の片隅で、先ほどから私たちを眺めている一団がありました。近くに住むゼンバ族の女性や子どもたちです。通りがかりに私たちの姿を見かけて、見物していたそうです。
 ヒンバ族と同じ裸族ですが、チョコレート色のオカは塗っていません。頭にはスカーフ、数え切れないほどのブレスレット、ネックレスで飾り、なかなかおしゃれです。写真にも快く応じてくれます。ゼンバ族とは、土地の言葉で「忘れられた人々」という意味の少数民族です。

●3部族の踊り
 商売を切り上げた女性たちは、半円をつくって踊りを始めました。1人、あるいは2人が前に出て、みんなのかけ声と手拍子に合わせて、手を振り、腰を振って踊ります。土を蹴るステップが躍動的です。
 先ほどまで無表情だった女性たちも笑顔が弾けています。ゼンバ族の女性たち、ヘレロ族のおばさんも加わって、3つの部族合同の舞踏会に。ナミビア・ブルーの青空の下、かけ声、笑い声がいつまでも響いていました。

●見送り
 11:20、楽しい時間を過ごしたヒンバの家族ともお別れです。ガイドのコンソさんは、用意してきたトウモロコシの粉や日用雑貨を差し出しました。集落を訪ねるときの手土産で、しきたりだそうです。踊りに熱中していた女性たち、子供たちが車に集まって、見送ってくれました。
 この集落には30人ほどの女性がいましたが、成人男性の姿を最後まで見かけませんでした。男女の比率はどうなっているのか、気になるところです。また、多くの女性は写真撮影に快く応じてくれましたが、中にはチップを要求するものもいました。 

●存亡の危機も
 いまは穏やかに暮らしているヒンバ族ですが、過去には民族存亡の危機もありました。1904年のジェノサイドで多くの仲間を失い、1980年代には大干ばつで、放牧の牛や山羊、羊の9割が死滅。多くの住民は放牧をあきらめ、都市部のスラム地帯で難民化しました。
 独立した1990年以降は、政府の保護政策のもとで放牧や観光などを生業として、暮らしています。

●先住民の悲劇
 ジェノサイドは、世界史に残る悲しい歴史です。1904年、ドイツの軍人ロタール・フォン・トロータが先住民のジェノサイドを行いました。特定の人種や民族、国家などに属する人々を抹殺する大量虐殺です。
 この蛮行に対し、ヘレロ族とナマ族が蜂起。先住民の90%が殺害されたということです。ジェノサイドは、民族浄化の名のもとに行われたユダヤ人虐殺(ホロコースト)、アルメニア人虐殺などとと並んで、歴史の汚点として記録されています。

●オプウォ
 車は、再びがたがた道を走って、オプウォへ引き返しました。13:00。昼下がりの町にはカラフルな衣装の女性、裸族の女性たちの姿が目立ちます。町や周辺にはヘレロ族、ヒンバ族、ガンビ族、ゼンバ族などが住んでいるので、買い物などに出てきているのでしょう。
 ヘレロ語で「終わり」というオプウォは、北の隣国アンゴラまで直線にして100kmほど。カオコランド地方最大の町ですが、この先には道らしい道がないという意味だそうです。

●特大ステーキ
 昼食はロッジのレストランで。マナガツオのカルパッチョ風サラダと特大のラム肉ステーキ、それにアイスクリームでした。ステーキはあまりに大きすぎて、3分の1ほどでギブアップ。食後にコーヒーと紅茶が出る場合が多く、ルイボスティを注文する女性が増えてきました。
 K・Mさんから「食後はオプウォの町を散策」との予定を告げられ、テーブルを囲む顔がきょとん。日程表には終日、ヒンバ族の集落を訪問と書かれていたので、この後も別の集落を訪ねると思っていた人が多かったようです。自分もそう思っていました。

●民族の展示場
 15:30、オプウォの町へ。メイン通りでバスを降りたら、子供を背負った女性がアクセサリーを手に迫ってきました。ブラジャーをしており、初めて見る部族のよう。ヒンバの女性が頭に大きな荷を載せ、子供を背負って歩いています。
 ヒンバの女性数人が建物の中で踊り、周辺には、派手派手な衣装のヘレロ族、初めて見るスタイルの女児もいます。裸族の女性がオッパイをぶらぶらさせながら、人混みの中を闊歩。これがナミブの原風景でしょうが、まるで、民族の展示会場に思える風景です。   

●行き交う部族
 メイン通りといっても、スーパーらしいものと、わずかな商店が並ぶだけ。しかし、人の行き来は都市並みです。ヘレロとヒンバ、白人とヘレロの女性が立ち話をしていたり、連れだって歩いていたり。
 異なる部族間で結婚は自由だそうです。気になるのは、例えば、ヒンバ族の女性とオバンボ族の男性が夫婦になった場合、それぞれのしきたりを尊重するということですが、ヒンバの女性があのスタイルで生活を続けられるのか?。気になるところです。

●バラックマーケット
 メイン通りから路地に入ると、バラックマーケットがありました。簡単な骨組みの建物、ぼろっちいテント。文字通りのバラックです。衣料品や毛皮などを売っています。食堂や露店も店開き。ナミビアでは珍しいという、何でもありのマーケットでした。
 路地を歩いていても、必ず子供に出くわします。オプウォの周辺は、子供がうじゃうじゃ。ヒンバ族などは13、4歳で結婚し、それ以後、子供を産み続けるそうですから、わんさといるわけです。

●ヘレロ族
 町の中で、ひときわ目立つのがヘレロ族の女性。ヘレロ族はナミビア、ボツワナ、アンゴラに約25万人います。その大部分はナミビア中央部の乾燥地帯に住み、牧畜や農業で生計を立てているそうです。
 大量虐殺などの悲劇が語り継がれる部族ですが、いまでは女性たちの、色鮮やかなファッションが観光客の人気の的になっています。

●ファッション
 ヘレロ族は、入植したヨーロッパ人の影響を受け、いち早く洋装を採り入れました。カラフルな模様のブラウスとロングスカートを身につけ、頭には牛の角をかたどった横長の帽子を被っています。ビクトリア時代の長いドレスは優雅ですが、その姿で薪を運んだり、車から荷下ろしをしていました。
 同じ先祖を持つヒンバ族は、近代化の道より、伝統の生き方を選んだため、いまでは同族同士がまったく正反対の生活をするようになりました。

●チップ要求
 オプウォの町で女性や子供の写真を撮るのは難しいです。写真のモデルになって、チップ稼ぎをする者がたくさんいます。子供たちの「フォト、フォト」という誘いに乗って、カメラを向けたら大変。あっちからも、こっちからも催促の手が伸びてきます。
 チップを払って撮影したものもありますが、ほとんどは望遠レンズでこっそり狙いました。

●夕景と星座
 スーパーでヒンバ族の女性が買い物する光景などを見て、ロッジに戻りました。夕食は前菜、メインとも2択で、自分はアスパラのスープとビーフステーキ。巨大ステーキは歯ごたえ十分。半分でギブアップしました。
 食事中に夕焼けに。ピンク色がプールの水面にも投影して、穏やかな風景です。今日も午後の恒例になっていた豪雨の洗礼はありませんでした。食後、夜空を仰いだら星座の煌めき。「天の川よ」、「あれ、オリオン座よ」などと感嘆の声が上がり、南十字星を見つけた人もいました。

●プラグ
 食事中に電源コンセントのプラグが話題に。ナミビアは3Bタイプと紹介されることが多いようですが、基本的には南アフリカと同じB3Lタイプです。両タイプのコンセントを並べているホテルもあります。
 オプウォのホテルは3か所目ですが、3日目の泊まったエトーシャのロッジはB3Lタイプのみ。「カメラのバッテリーを充電できなかった」という女性がいました。B3Lタイプは大型で特殊な形状。私は以前、南アフリカで入手したものを持参しました。


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