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◎9月2日(土)晴 (10日目)
 (サンクト・ペテルブルグ→ノブゴロド→サンクト・ペテルブルグ泊)

●日の出
 連日の疲れが出たのか、足がぱんぱんに張っています。昨夜、転んで打ち付けたところは無事で、体調も上々です。
 7:30、雲が赤く染まり、ビルの陰から朝日が顔を出しました。ロシアで初めて拝む日の出です。すがすがしい気分で朝食ができました。

●日本料理店
 8:30、ノブゴロドへ出発。きょうは南南東へ180kmのドライブです。気温はプラス16度。「夢」という日本料理店がありました。これまでに「YAKUZA」、「山葵(わさび)」などの日本料理店を見かけました。
 先日、モスクワのテレビで、中国人風の男が巻き寿司の実演を見せていました。怪しげな巻き寿司でしたが、ロシアでも日本食ブームのようです。最近はロシア人も生の魚を食べるようになった、とも聞きました。

●大型クルーズ船
 ネヴァ河畔に出ると、大型のクルーズ船が3隻停泊し、近くの路上に大型バスが15台ほど待機していました。「これだけの人がエルミタージュに入ったら確実にパンク」とユーリーさん。
 この時間帯はまだイサク聖堂の周辺も静かです。みんな別荘に行っているからだといいます。スリッパが忙しげに行き交った運河もひっそり。水面に建物の陰を映してしばしの休息です。

●焼けた教会
 焼けただれた教会を見かけました。先日の火事で焼失した三位一体寺院です。禁酒教会というのもあります。「教会は教会、酒は酒。ロシア人は飲みますね」とはユーリーさんの話。
 早くも新婚さんの姿。教会での挙式は10時からなので準備中のようです。ロシアの結婚年齢もアップしているそうで、近年は男性27歳、女性 25歳が普通ということです。

●キャベツ畑
 9:00、バスは670km先のモスクワまで延びるモスコー通りに入りました。青空が拡大して、ご機嫌のドライブです。キャベツ畑が広がっています。何処まで続くの、といった感じの広大さです。
 ピクルス好きのロシアでもっとも人気があるのはキャベツだとか。千切りにしたピクルスは確かに美味しく、日本人でも大好きになりそうです。

●ジャガイモ掘り
 大勢の人が1団となってジャガイモ掘りをしています。ロシアのジャガイモは本当に美味しいです。キジー島への沿線よりも明るくて活気が見られます。
 南北600km以上の差があるのですから、気候、風土が変わって当たり前かも知れませんが。野面にはところどころで花を見かけ、民家の庭先にはヒマワリも咲いています。

●モダンな家屋
 濃霧や工事で一時、渋滞しましたが順調な走りです。点在する集落は他の地方と似たようなものですが、モダンな新築家屋が多いように思います。
 こちらの秋はまだ入口。色づいた樹木はあまり見られません。パトカーに先導され、ライトを光らせた高級乗用車が数台すれ違いました。共産党指導部の幹部に違いありません。

●戦況記念
 車窓からはときどき目にするものに戦勝記念の碑やモニュメントがあります。いまも赤いモニュメントが飛び込みました。ユーリーさんは「戦争の記念です」と一言ですが、私たちには何の戦争なのか理解できません。
 ナチス・ドイツとの戦争を指す場合が多いようですが、ロシアにはナポレオンとの戦いもあれば、フィンランドやトルコ、タタール(モンゴル)との戦いもあります。

●給油所の数字
 10:40、チュドワ村で休憩。トイレは10ルーブル。ここも観光バスの休憩所のようで、超肥満のおばさん団体が先客でした。
 気になっていたことが解決しました。それはガソリンスタンドで見かける98、95、78の数字でした。これはガソリンの質を表しているそうです。98は最高級のハイオクといったところでしょうか。

●虎の子の牛
 農家の庭先では虎の子の牛1頭がのんびり。穏やかな風景に見とれていたら、マイクからユーリーさんの「14kmしか残りません」との声が流れました。ノブゴロドまで14kmの意味です。
 11:50、ノブゴロドに入りました。モミの木が多いのにびっくりです。トロリーバスも走っていて、なかなかの都会です。

●木彫の壁画
 近郊には第2次世界大戦で活躍した戦車やアメリカとベトナム戦争で活躍したミグ17戦闘機の実物が展示されていました。
 12:00、ツーリストホテルで休憩。ホテルの中にきれいな木彫の壁画が飾られていて、しばし話題に。ここで、現地ガイドのニナさんが合流しました。

●ノブゴロド(世界遺産)
 例によって観光の前にノヴゴロド州の州都、ノブゴロドについてのさわりを―。
 町は5世紀から6世紀にかけてできたロシアで最も古い町のひとつです。9世紀に誕生したノブゴロド公国の都で、バルト海と地中海を結ぶ古代の交通要衝でした。
 13世紀にはドイツを中心に興ったハンザ同盟の一員になり、公国は15世紀まで続きました。

●40もの教会
 ボルホフ川沿いにバイキングが都市化した町は、ロシア初期の建築物が名残をとどめており、1992年に「ノブゴロドと周辺の歴史的建造物群」として世界文化遺産に登録されました。
 町はボルホフ川を挟んで東岸と西岸に分けられており、現在の人口は約30万人。12世紀以降の古い教会が40もあり、ロシアの歴史発祥の地として、ロシア人のみならず、各国の観光客を集めています。

●クレムリン
 ノブゴロドにもボルホフ川(228km)の西岸にクレムリンがありました。古色で堅牢そうな煉瓦色の城壁。11世紀、町の中心に造営されたものです。ここにも新婚さんを祝うグループを見かけました。
 城壁内は緑が豊かで公園のよう。その中に聖ソフィア聖堂やロシア1000年記念碑、聖ユーテミウスの時計塔、歴史博物館などが建っています。

●聖ソフィア聖堂
 観光のトップ、聖ソフィア聖堂は1050年に建造されたロシア最古の石造建造物の1つです。聖堂は白い外壁。その上に金色とブルーの玉ねぎ屋根が4つ乗っています。高さは37mです。中央の黄金ドームが修理中で木組みの覆いがすっぽり。
 残念ながら、ビザンチンとロシア古来の様式を組み合わせた独自の建築様式とやらは伺うことができませんでした。ドーム屋根の下部がくびれていません。東方正教のビザンチン様式の影響だそうです。

●聖堂の扉
 西玄関の上部を飾る薄茶色の部分は16世紀のもの。残念ながら、フレスコ画はかなりはげ落ちていました。下部の白い部分は19世紀に改修。玄関の扉は青銅で、ノブはライオンの口です。
 ライオンの口の中に地獄があったという、言い伝えによるものだそうです。扉には聖書の場面がびっしり。ノブの下には磔にされたキリストが描かれていました。

●左目に傷が
 堂内を見学しました。フレスコ画で埋め尽くされ、豪華なイコノスタシスがあります。メインのイコン(12世紀)は聖母の左目に矢が刺さった傷がありました。他にはハトが乗った大きな十字架や16世紀のドイツ製シャンデリアも注目です。
 専門家にいわせると、ノブゴロド派のイコンは明快な構図、はっきりとした輪郭線、明度の高い色彩などが特徴といわれます。

●シャッター4回
 堂内でのカメラ撮影料は100ルーブル。ただし、シャッターを押すのは4回までの制限付き。だれが数えるの?。受付のおばさんがしっかり監視しいているとか。
 写真を撮る、といったのは1人だけ。正直なところ、イコンの類は見飽きた感じ。しかも、この後歴史博物館でイコンを観賞することになっています。「もうええわ」。だれもが同じ思いだったようです。

●写真撮影のこと
 博物館、美術館、有名寺院など公共の施設では、館内や聖堂内での写真撮影を認めているところがあります。その場合は政府が決めた30、50、60、100ルーブルのカメラチップが通例です。料金と引き替えに領収書やシールを渡してくれます。
 施設によっては、同行者や仲間を入れた人物撮影を厳しく禁じているところもあります。フラッシュ撮影はダメという施設、聖ソフィア聖堂のようにシャッター制限を設けているところも。

●歴代の鐘
 聖ソフィア聖堂の横に建つの鐘楼は15世紀の建造。鐘楼というより鐘つき堂といった感じの建物です。入口に大小5個の鐘が鎮座していしまた。これは歴代の鐘だそうです。
 中央の最大級は25d。祭りなどに使われました。左右のは10dと5d。触ったらご利益でもあるのか、若者たちが恭しくなでていました。
 
●歴史博物館
 11世紀のものという聖堂の外壁を見たりしながら歴史博物館へ。地元の人がイコン博物館と呼ぶ施設です。1400点以上のイコンが収蔵されています。逞しいライオンの像に迎えられ、撮影料30ルーブルを払って館内に入りました。
 あっと、驚くイコン、イコンの洪水です。色彩鮮やかに描かれたイコンの展示室が奥へいくつも続いています。かつては5000点ありましたが、ナチス・ドイツ軍に3600点を持ち去られたそうです。

●様々なイコン
 門外漢には値打ちのほどはわかりません。ユーリーさんの説明が頼りです。イコンの50cm以内に近づくとブザーが鳴る、との注意を受けて観賞は始まりました。
 12世紀のイコン、13世紀に描かれた聖ニコライなどを見て進みます。大小、縦長、横長のイコンにも年代による特徴があります。

●イコンの洪水
 例えば、15世紀のものにはサイズが小さく、キャンバスに描かれたものが見られ、16世紀には金銀をあしらったもの、18、19世紀には顔をアップに描いたものが多いそうです。
 たくさん展示されている聖母にも時代の特徴があるのでしょうが、自分には知識がありません。ガイドの説明に頷くだけで、イコンの洪水から"逃れ"ました。  

●1000年記念碑
 博物館の前にロシア・ミレニアム記念像が建っています。リューリクの即位1000年を記念して、クレムリンに建てられた記念碑です。リューリクはスカンジナビアのヴァイキング。9世紀にノヴゴロドを拠点に「キエフ・ルーシー(ロシアの呼称)」を創立した人物です。
 記念碑は釣鐘のような形をしており、その周囲にはリューリックをはじめ、ウラジミール公、ピーター大帝らロシアの英雄や文化人127人が彫られていで、重量感のあふれる像でした。

●古い教会
 14:00、いったんクレムリンを離れて郊外のインツーリストホテルで昼食。サラダ、シースープ、ポークなど。ロシアで1番高い肉はポーク、次いでビーフ、チキンです。デザートのアイスクリームはコケモモが多いです。
 ホテル近くに赤煉瓦の古い教会がぽつんと建っていました。15世紀の聖パウロ教会です。いまのところ好天。ナナカマドの赤い実も鮮やかです。

●スパソ・プレオブラジェーニエ聖堂
 昼食後の観光スタートは、ボルホフ川を渡ってイリヤー通りに建つスパソ・プレオブラジェーニエ聖堂から。白壁のシンプルな建物は14世紀の建造。天辺にブルー玉ねぎ屋根が1個だけ乗っかっています。ノブゴロド独特の様式だそうです。

●浮き彫り
 堂内の天井にギリシャ人画家が描いたキリスト、2階には三位一体のフレスコ壁画が残っています。しかし、聖堂内のフレスコ画は痛みがひどくて哀れです。雨の日は扉を閉じて湿気予防をしているそうですが、効果のほどは?。
 白い外壁一面に浮き彫りが施されていました。正面の右上には十字架が、右下の円も十字架を表現しているそうです。

●イリイナ通りの教会
 ボルホフ川東岸のイリイナ通り一帯には12世紀から16世紀にかけて建てられたいくつもの教会が残っています。
 国際貿易都市として栄えていた12世ごろ、ヤロスラブリ宮廷の近くには、外国人居留地が設けられ、市場が開かれていました。

●ユリエフ修道院
 再びボルホフ川を渡って、1030年建造のユリエフ修道院へ。ヤロスラブ賢帝によって建てられた修道院は白壁に囲まれていました。昨年、神学校が開設され、現在は9人の修道僧と33人の学生が暮らしています。
 周辺は林に囲まれて静かな環境。入口に優雅な鐘楼が聳えていました。門を潜ると、修道僧が立ち話をし、観光客がそぞろ歩いていました。

●聖ジョージ聖堂
 修道院の中央に1119年の聖ジョージ聖堂が建っていました。ブルーのドームが日ざしに映えて美しいです。その前ではスカーフを被った女性の1団が修道僧の説明をありがたそうに聞いていました。
 堂内には12世紀のフレスコ画が有名です。しかし、撮影は禁止。寄宿舎でしょうか、5つの青いドームをのせた建物もありました。   

●帰路に
 すべての観光を好天のもとで終えて、帰路につきました。修道院へ向かう新婚さんの車列に出会いました。新婚旅行先は黒海やカスピ海方面が人気だとか。大きな聖ソフィア団地。あちこちが花盛りです。
 昼食を摂ったホテルで休憩して17:15、小さな秋を道連れにしてサンクト・ペテルブルクへと向かいました。

●沿道の風景
 しばらくは車窓に映るモニュメントのミグ17戦闘機、モスクワへ向かう貨物列車、カラフルな集落、草をはむ牛や羊を眺めました。木造住宅にの中に石造りも見かけます。沿道の風景も年ごとに少しずつ移り変わっているのでしょう。
 雲が色を変え、光彩を放っています。18:20、サンクト・ペテルブルクに戻りました。郊外のレストラン「ピエタリ」で夕食。サラダ、ビーフステーキ、焼きリンゴなどでした。

●シルエット
 ドストエフスキーの「罪と罰」の舞台という干し草の広場を通るころには、辺りはかなり夜のムードに。モイカ運河のそばに建つイサク聖堂はシルエットです。
 土曜日なのでいつもより早くライトアップされるはずだったイサク聖堂。「係員がねって(眠って)いるね」とユーリーさん。22:00、やっとホテル着。到着したばかりの日本人団体が疲れた様子で添乗員の話を聞いていました。


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