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◎8月28日(月)晴・雨・曇 (5日目)
 (スズダリ→セルギエフパサード→モスクワ泊)

●元気に5日目
 時差にも徐々に順応して、よく眠れました。きのうの歩き疲れで、足がやや張った感じですが、元気に5日目を迎えました。
 曇天。7:10、今朝もSさんの起床ノックがあり、「元気です」と返事しました。妻は友人へ出す絵はがきを書いています。

●クレムリンへ
 戸外に出てみました。風もなく、空気が爽やかです。庭をぶらぶらしていたら、クレムリン近くまで散歩した人たちが戻ってきました。15分ほどで行けますよ、と教えてくれました。
 ホットケーキ、ハム、チーズなどのセットメニュー朝食をすませて、自分もクレムリン方面へ出向きました。古い城壁の向こうに修道院が浮かんでいました。

●長い廊下
 横長のホテルはレストランまで行くのにも大変です。長い、長い廊下を歩きます。近い方の自室からでも7、80mはゆうにありそう。清潔でフレンドリーなホテル。妻はすっかりお気に入りでした。 
 売店の女性たちは片言の日本語で応対します。それだけ、日本人が多いということでしょう。

●スズダリはスズナリ
 きょうはセルギエフ・パサードを経てモスクワへ戻ります。9:30、スタート。晴れてきました。直後、バスが停車して写真タイム。クレムリンを展望しました。
 沿道のナナカマドはかなり色づいています。秋の気配を感じながらバスは左右に揺れて進みます。「スズダリは(ナナカマドの実が)スズナリの町」でした。

●雪国人の思い
 車窓に流れる農家は勾配のきついトタン屋根。北海道でも見られるように雪が落ちやすいためです。窓枠にはちゃんと装飾が施されています。
 ブルーの家に白い窓枠、オレンジに緑、黄色に緑、緑に黄色、茶にブルーといった具合。白銀に包まれる冬を少しでも明るく過ごしたい―。雪国の人々の思いが伝わってくるようです。

●闇の経済
 森の中にバケツを持った人を見かけます。ナナカマドなどの木の実を摘んだり、キノコ採取のようです。ロシアではこれからキノコのシーズン。最盛期にはコンクールもあり、それぞれ秘密の場所を持っているそうです。
 森林、草原の繰り返し。果てしなく広がる草原は誰のもの?。「わかりません。ロシアではヤミの経済がはびこっていますから」。オリガさんの答えでした。モスクワのウクライナホテルで国有か私有かを尋ねたときも同じ答えが返ってきました。

●毒キノコ
 11:20、キェルガーチで休憩。1昨日も立ち寄った小さなホテルです。名物菓子のプリャーニクは在庫が少なくなっていました。あれから日本の客が買い占めたのでしょう。
 草むらに毒キノコが捨てられていました。毎年、毒キノコの被害者があり、見分け方の講習会が各地で開かれるという話です。

●ガイドの嘆き節
 ナナカマドに代わって白樺が多くなりました。集落近くの沿道ではジャガイモ、カボチャ、リンゴなどを売るおばさんたちを見かけます。黄金の環のゆったりした時間の流れ。
 一方、車内では物価高、生活苦を話すオリガさんの嘆き節。物価高のモスクワでは月に1000jは必要、アパートの家賃も高い、養老年金が少ないので83歳の父親はガードマンをしている、医学部に通う娘には年4000jを仕送り…など、など。
 冬はガイドの仕事がないので英語の教師をしている、医師や教師は安給料なのでバイト生活とも。

●スイカ売り
 12:55、バスは横道に逸れて、目ざすセルギエフ・パサードはもうすぐです。沿道でスイカと黄色いメロンを売っていました。寒冷のこの辺りでは栽培できないので、南の地方から運んでくるそうです。
 20分ほどで、トロイツェ・セルギエフ大修道院前のレストラン「ルースキィードヴロク」に着きました。

●賑わう露店
 半地下のしゃれた店です。館内は団体客で大賑わい。昼食はサラダ、川魚のフライ、シースープなどでした。スープの具はキャベツ。コーヒーカップのような器に入ったロシアの代表的なスープだそうです。
 これから世界遺産の観光というのにいまにも降りそうな雲行き。トロイツェ・セルギエフ大修道院の前にはたくさんの露店が並んでいます。きょうは聖母マリアが亡くなった日のお祭りとかで、とくに多い人出ということでした。

●セルギエフ・パサード
 観光を始める前にセルギエフ・パサードについて少々―。
 モスクワの北北東70kmにある約人口12万人の町です。1340年ごろ、修道僧のセルギー・ラドネシスキーがトロイツェ・セルギエフ大修道院を建てたのが町の始まりと伝えられます。
 古くから木製の玩具づくりが盛んな町でしたが、その後、ロシア正教会の大本山になった大修道院の門前町として栄えました。

●聖セルギエフの町
 町名は14世紀のロシア聖人・セルギエフに由来した「聖セルギエフの町」という意味です。
 旧ソ連時代の1930年、暗殺された共産党書記のザゴールスキーにちなんでザゴールスク市に改名されましたが、崩壊後の1991年にもとの名に戻されました。

●100ルーブル
 予習はそのくらいにして、16世紀に造営された白い城壁の「聖なる門」を潜りました。正式にはクラスナヤ門と呼ばれ、壁や天井が宗教画で彩られています。
 足を踏み入れると、そこにはトロイツェ・セルギエフ大修道院の息をのむ光景が待ちかまえていました、それほど広くもない敷地にカラフルな建物が林立しています。
 城壁内のカメラ撮影料100ルーブルを払ったら、訳のわからないCDを1枚くれました。

●トロイツェ・セルギエフ大修道院(世界遺産)
 トロイツェ・セルギエフ・ラーブラ(大修道院)は独立した建物ではありません。城壁の中に14世紀から18世紀にかけて建造されたウスペンスキー大聖堂、スモーレンスカヤ教会、鐘楼などの建物群の総称です。敷地内にある15棟ほどの建物の母親といったところでしょうか。
 大修道院を建てたセルギエフは、ロシアではもっとも尊敬されている聖人です。若いころから人里離れた森の中で修道に励みました。 

●ウスペンスキー大聖堂
 大修道院の中央に建つのは、1585年建造のウスペンスキー大聖堂です。ロシア初の皇帝(ツァーリ)であるイワン雷帝の命を受けたイタリア人建築家がモスクワのウスペンスキー大聖堂をモデルにして建てました。
 金色の玉ねぎドームを囲む青いドームが4つ。見事な調和を保っています。堂内には17世紀のフレスコ画やイコンで飾られ、聖人や大主教の棺が納められていました。旧ソ連時代には野菜倉庫に使われていたといいます。

●トロイツキー聖堂
 1477年に建造された小さなドゥホフスカヤ教会は入場禁止。教会と向き合って建つのは1422年に建造された白石づくりのトロイツキー聖堂です。聖セルギーの墓所の上に建てられた聖堂は、黄金の屋根とドーム、十字架が燦然と輝きを放っていました。
 十字架に独特の装飾があることで知られています。アンドレイ・ルブリョフのイコン「三位一体」はモスクワのトレチャコフ美術館に収蔵されています。

●鐘楼
 ウスペンスキー大聖堂の横に建つ淡いブルーと白い外観がきれいな鐘楼は1870年に建造されたものです。5階建て、高さ87mのバロック様式。大修道院内では1番ののっぽ建物です。
 大小87個の鐘が吊されています。大きいのは75d、35dという鐘もあります。1階は土産物店に利用されていました。

●大食堂
 大修道院の中にある大きな建物です。食堂といってもテーブルが並んだだけの殺風景な建物ではありません。天井や壁は旧約聖書や新約聖書の物語を描いたフレスコ画、17世紀のイコンなどで飾られていました。
 フレスコ画の人物像は聖セルギエフの弟子たちの姿ではないかといわれています。1番奥は聖障付きの聖所になっていて、教会としての機能も持っていたようです。一時はダンスホールにも使われたことがあり、ロシア正教徒のオリガさんは「悲しいことです」と顔をゆがめていました。

●聖水の泉
 敷地内にはまだまだカラフルな建物があります。何となくアラブ風を思わせる黒っぽい建物は聖水の泉。訪れた人はまずここで手を清めたり、口に含んだりします。病気を治してくれるというので、ペットボトルに汲んで持ち帰る信者もいます。
 博物館、その他にも皇帝の宮殿、庵室、スモーレンスカヤ教会、モスクワ宗教大学、病院などのカラフル建物が並び、お守りを求める信者たちで独特の雰囲気を醸していました。

●イコン
 数日で多くのイコンを見ました。イコンとはひと口で言うとキリスト教の聖像画のこと。聖母や天使、聖人を崇拝の対象として描かれます。
 イコンの語源はギリシャ語の「像」、「形」に由来します。神から画僧の手に伝わった精霊が絵画となって映し出されると信じられています。1枚の板に描かれた絵のこと、あるいは正教会が用いる絵画すべてを指したりします。

●喜ぶ親子
 ひと通りの観光が終わったころ、待ちかまえていたように土砂降りになりました。雨宿りに逃げ込んだクラスナヤ門では、折り鶴おじさんこと、Kさんがさっそく3人の姉弟にきれいな折り鶴をプレゼント。両親も加わって談笑の輪ができました。
 ロシア人は知らない人に笑顔を見せないと聞いていましたが、この親子は例外なのでしょうか。素直に喜びを表現していました。

●ロシア人も友好的
 15:40、雨の中をマトリョーシカの工場へと向かいました。ここで絵付けを体験することになっています。バスが走り出して間もなく、1台の乗用車が直前に割り込んでストップしました。
 先ほどの親子でした。Kさんにお礼のCDを渡すためだったのです。「ロシア人もなかなか親切」。みんなの思いでした。

●マトリョーシカ工場
 マトリョーシカの工場には20分ほどで着きました。まず、工場見学です。素材は2年間乾燥させた菩提樹。熟練の職人が工具を操って形を整える作業を実演して見せてくれました。
 その後は女性たちの絵付け。白木の人形が赤く、青く、金色の絵の具を塗られて生き生きとしてきます。まるで生命を与えられたかのようです。

●絵付け体験
 いよいよ絵付け体験。テーブルの上に下絵を描いた白木の人形と絵の具、絵筆のワンセットが準備されていました。さっそく向き合う一行。私は妻に任せて、みんなの出来映えを観察です。
 約30分ほどの制限タイムで、ほぼできあがりました。同じ下絵でも絵付けによって表情がさまざまです。「可愛いわよ」、「個性的だね」。思い思いの批評が飛び交った楽しいひとときでした。

●マトリョーシカ
 その後、しばらく買い物タイムがありました。手作りのマトリョーシカはやはり品物が違うようです。「土産物店で買って失敗した」などの声が聞かれました。白樺を素材にしたものはひびが入りやすいそうです。
 マトリョーシカはいわずと知れたロシアを代表する民芸品。胴体の部分が2つに分かれ、その中から次々に同じ形をした小さな人形が7つも8つも出てくる入れ子式の人形です。

●ルーツは日本!
 マトリョーシカが考案されたのは100年も前のことで、そのルーツはなんと日本。箱根細工の入れ子の人形(こけし、だるま、七福神)ということです。なんでも箱根の聖ロシア教会を訪れたロシア人修道士が土産に持ち帰ったのがきっかけだったと伝えられています。
 この民芸品に「マトリョーシカ」の名がつけられたのは、当時、ロシアで一般的であったマトリョーナという女性の名前から。

●様々に"進化"
 1900年のパリ万博で銅メダルを獲得して有名になり、ロシア各地やウクライナで作られるようになりました。ものの本によると、最初に作られたマトリョーシカは赤い洋服に黄色いスカーフを頭に巻き、赤いバラの花束を持っているものでした。
 その後、さまざまに"進化"して歴代皇帝や大統領、有名人の似顔絵、さらに動物の絵柄まで登場しています。6つの人形からなる6連入れ子が最近の主流とか。中には10連というのもあります。
 大きな人形の腹から小さな人形が出てくる様子が出産のイメージに似ていることから、出産祝に贈る習慣があるそうです。

●乗用車事故
 17:15、雨が止んで、明るさが戻りました。あとはモスクワのホテルを目ざすだけ。移りゆく車窓風景をぼんやり眺めていたら、道路脇の窪みに乗用車が横倒しになっていました。
 おそらく、少しでも前へと路肩付近を走っているうちに運転を誤ったのでしょう。すぐそばには事故死者を弔う花が飾られていました。

●データがない
 日本では滅多に遭遇しない交通事故現場ですが、ロシアでは移動中によく目にします。死者を弔う花飾りも多いようです。
 あれだけ無手勝流の運転者が多いのだから、事故が多いのも当たり前。オリガさんに聞いたら「データがありません」でした。彼女はどうやら「データがない」が口癖のよう。先進8か国のサミットを主催する国で、統計がないとは思えないのですが…。

●ホテル・コスモス
 18:00、今夜の宿泊ホテル、コスモスに到着しました。外気温は24度。翼を広げたような外観の3つ星です。玄関を入ってびっくり仰天しました。派手なネオンサインがきんきん、ぎらぎら点滅し、ずらりと並んだスロットマシーンがせわしなげに回転して、ただいま営業中。
 横のカジノではお兄さんが客の呼び込みに懸命。周辺はまるでショッピング街。フロアは人、人、人で大混雑。こんなホテル見たことない!。

●部屋は25階
 コスモスは1980年のモスクワオリンピックの際に、観客の宿泊用として建設されたと聞きました。3000人収容という巨大ホテルで、現在はわんさと訪れる観光客用に利用されています。
 1階を見る限り、ホテルというよりショッピングモールの感じです。自室は25階。戸外を見たらとぞっとするような高さでした。

●宇宙飛行士記念塔
 目の前は大きな道路。すぐ後ろに動物の角のような奇妙な塔が建っています。先端にロケットをつけた宇宙飛行士記念塔です。その下は博物館。記念塔の奥には高さ540m、世界で2番目に高いオスタンキノ・テレビ塔が聳えていました。
 ロシアでは4月12日を「宇宙の日」に定めています 1961年のこの日、世界初の宇宙飛行士ユーリ・アレクセイビッチ・ガガーリンを乗せたボストーク1号が地球の周回軌道を周って、無事に帰還した栄光の日を記念したもの。記念塔はそのシンボルなのです。

●モスクワ観光
 さらに別の角度からはミーラ(平和)大通りに面して建つ大きな建造物が望めます。大きな門(凱旋門ではありません)、金色の塔を光らせる全ロシア展覧会場の入場口、黒ドームの会場など、など。居ながらにしてモスクワ観光をしている気分です。
 林に囲まれたアパート群も見えます。巨大アパートの林立はロシアの名物風景でもあります。

●フォークロアショー
 ホテル内にはいくつものレストランがあり、その1つ「カリンカ」でバイキングの夕食でした。大勢の人でしたが空席も十分。食事中に3人のミニフォークロアショーが楽しめました。
 エレベーターのスピードは抜群。あっという間に25階まで運んでくれます。長い廊下を歩いて部屋に戻ると、戸外の風景は一変していました。宇宙飛行士記念塔が道路のライトに照らされてぼんやりと浮かんでいました。


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