中編2(市立敦賀病院編A)


6月1日
・血液透析
 [状況]不整脈が続いている。透析の際に咳き込みがひどくて苦しそうなので、午前中やめていた鎮静剤をまた使う。貧血のため赤血球を輸血した。
 透析中に血圧が88-50、脈拍122に。夜中にわずかながら黒っぽい尿が出たと聞いて、またまた心配が増えた。妻にとっては「針のむしろ」に座らされたような辛い日々の連続だ。

6月2日
 [状況]流動食、抗生剤の点滴などが淡々と行われる。不整脈があり、尿の出が極端に悪いのも最近の常態。
 看護師が「顔がゆがんでいる。顎がはずれたのでは…」と心配。人工呼吸器のパイプを口にくわえたときに大口を開けるので、その際に顎を外す患者がいるらしい。歯科医師が診察の結果、異常なしとわかってひと安心。高熱が続くので脇の下に氷袋を入れた。

6月3日
・血液透析
 [状況]5時間がかりの透析で2.6gを除水。不整脈は少ないが、自呼吸がなく、人工呼吸器頼みになっている。Y看護師が散髪と洗髪をしてくれた。

6月4日
 [状況]小林医師が肺のデータが少し悪くなっており、心配しているという。心電図の波長が乱れ、午前中は血圧も低かった。尿の出に変化はなく、2時間あまりで20ccほど。抗生剤が2種類に増えた。

6月5-6日
・血液透析
 [状況]5日は12cc、30cc、20cc… と小刻みに尿が出た。尿のパイプや計量器をにらんで、まだかまだかと待ちわびていた妻や看護師をほっとさせた。
 6日は咳き込みが激しく、心電図にも乱れ。透析中に血圧が低下する場面もあったが、水口主任技師らの努力で無事に乗り切った。この日の尿は総量200ccほど。急性腎不全と診断されて以来最高の量だった。

6月7-8日
・血液透析
 [状況]7日は咳き込みもなく、血圧も安定して比較的平穏。昨日同様に尿の出が徐々に増えてきたよう。16:00までに140ccを計量した。
 8日は尿の出がさらに増えた。16:00までに300cc以上。その後も小刻みに排出されて、妻の気持を少し明るくする。咳き込みもなく、透析中も血圧が安定していた。
 小林医師は「今後の透析は月、金の週2回にする。肺の具合が良くなれば鎮静剤も減らす」との方針を示し、水口主任技師は「週2回にして事態が悪化した場合は、医師から回数を増やす指示がある」と安心させてくれた。

6月9日
 [状況]順調だった血圧が16:00ごろ急に低下して慌てさせた。昇圧薬を10にして処置。その後は落ち着いた。不整脈があり、咳込みもあったが、尿の方は500cc出てくれた。
 O看護師が足もとに箱2個を縦に並べ、足の裏が密着できるようにしてくれた。だらんとしたままだと、回復しても歩けなくなると心配してくれたのだ。

6月10日
・血液透析
 [状況]このところ日ごとに増えている尿は、昨夜から8:00までの間に250cc、15:00には400cc以上になる。しかし、この程度の量ではまだ安心はできない。咳き込むこともあるが、透析中の血圧は薬効で安定。
 閉じていることが多かった目に涙を見たという。少しは人間らしくなってきたということか。岸田医師が診察。

6月11-12日
・尿増える
 [状況]11日は一時血圧が低下したり、咳き込んだり、また不整脈もあって安定しない。小刻みながら尿は出ていた。瞬きをし、耳も少しは聞こえている素振りを見せる。
 12日も2種類の抗生剤点滴が続く。気管切開後、発声困難になり、耳も段々聞こえなくなってきた。昇圧薬の世話になったり、不整脈が出たり、どうも安定しない。ただ、尿の量は800ccを超えたという。

6月13日
・血液透析
 [状況]透析中に血圧が下がり、薬のレベルを上げる。10:30までに600ccの尿。小林医師も「尿が少し出るようになりましたね」と喜んでくれる。透析の除水の量も減って、この日は900ccにとどまった。
 心電図に乱れがあり、自呼吸をできずにいる。妻は何度も「自分で呼吸するように」と促すが、辛そうで言うことを聞かない。

6月14日
 [状況]血圧が低め。薬効でなんとか100-60前後を維持している。抗生剤の点滴、流動食などいつもの"工程"をこなす。ときどき乱れる心電図。辛そうなのだが、妻には何が辛いのかよくわからない。次回から透析は週2回に決まった。
 フランスに旅している秋田市の女性から「黒いマリア様に回復を祈りました」との絵はがきが届いた。

6月15日
 [状況]病衣(寝間着)や枕などを取り替えてくれた。尿は8:00までに500cc、その後も120、95ccと順調に排出されている。瞬間的にではあるが、目をぱっちり開けて、うなずいたりもする。
 14:00、咳込みと同時に喉に埋め込んだ人工呼吸用パイプの先端が飛び出してびっくり。慌てて入れ直すというハプニングも。岸田医師が診察。「腎臓は回復に向かっているが肺はダメージが大きいので、治療は時間がかかりそうだ」という。

6月16日
・透析機器を撤去
[状況]昨日より咳込みは少ないが、尿の出も少ないよう。血圧は薬効でまずまずの数値。看護師たちは痰とりに忙しい。いまは喉のパイプからとっているが、回数はかなり多い。
 血液透析の機器が撤去された。技師によると、違う機種に替えるそうだ。岸田医師の聴診で左胸の音が良くなっているという。危機は脱したのだろうか。

6月17日
 [状況]9:00、尿の袋に500cc近くたまっている。今日は順調なようだ。午前中、血圧73-52、脈拍92に。薬のレベルを上げて対処した。診察の岸田医師は「肺に炎症があり、水もたまっている」という。
 午後から体調が安定し、看護師が洗髪をしてくれた。そのとき、にっこり笑ったらしい。夕方、岸田医師が人工呼吸器のレベルを15から13に落とした。少しでも自呼吸をさせようとの考えのようだ。
 妻は「自分で呼吸をする努力が必要。口を大きく開けて息をするように」と促したら、わざと口をつぐんでしまった。「息をしないのか」の問いに、こっくりうなずく意地の悪さ。がっかりした妻はメモ帳に「頑固ものめ!」と記した。本人は何もわかっていないはず。病気が駄々をこねさせているのだろう。

6月18日
 [状況]岸田医師が昨日の血液検査結果を「酸素が多く、良好でした」と知らせてくれた。人工呼吸のレベル13をさらに11まで落とした。小林医師は「心不全もないし、しばらく透析を休む。腎臓の具合を見ながら栄養も増やす。肺のかげりも少なくなっている」と良いことづくめの話。
 咳込みが多く、看護師は痰とりに忙しいが、尿の出具合、血圧は安定している。何か苦しいのか口を動かして訴えるが、何だかよくわからない。
 姪の夫が見舞いに。にっこり笑って見せた。眠ってばかりだったが、このところ目を開けることもあって、峠を越した感を強くさせる。

6月19日
 [状況]尿は順調だが、咳込みが多く、不整脈がひどい。心臓の辺りが苦しいのかと尋ねても本人は何もない素振りを見せる。この日も採血。結果は良好という。
 昨日から腹が痛そうにしていたのはガスがたまっているためで、ガス抜きの薬を入れた。便秘もあって腹がパンパンに膨れてきた。胃に流し込む流動食を止めて、点滴で栄養を補給する方法に替えた。
 夜になっても不整脈が治まらない。これまで最悪の状態だ。妻は心配でたまらない。後ろ髪を引かれる思いながら、看護師に後を頼んで自宅へ戻った。

6月20日
 [状況]このところ妻に逆らうことが多くなった。昨日から人工呼吸器のレベルが9に落ちたので、少しでも自呼吸をしてほしいのだが、本人は口をつぐんだまま。妻の言うことなんか聞かないという。わずかでも努力をして病気に勝つ気になってほしい、妻の切なる願いだ。

6月21日
・腹部X線撮影
 [状況]便秘とガスで腹痛を訴えるので、腹部のX線写真を撮った。やや安定していた血圧がまた低下し薬のレベルを上げることになった。不整脈が出たり、人工呼吸器がピーピーなったり、落ち着かない。苦しいのか、自呼吸をさぼるので警告サインが出るのだ。

6月22日
・尿の排出活発に
 [状況]22日は尿の出が活発になった。14:00で尿袋は1000ccを超えた。13日を最後に血液透析はストップしたままだが、順調になってきたようだ。血圧も安定している。腹痛を訴えるので、ガス抜きの薬を投与。
 岸田医師が診察。横紋筋融解症で筋肉が破壊されたので、リハビリには時間がかかるという。小林医師は人工呼吸器を外す方向との考えを示した。
 口をもぐもぐさせ、妻に家に帰っても良いというような目つきをする。
[そのころの夢幻]
 
広い荒れ地を地主とメジャーリーグのイチロー選手、それに自分ともう1人の男の4人が汗だくで開墾している。ユートピアを創るのだという。イギリスの科学者だという男が特別な野菜の栽培を指導してくれた。夢が明るくなってきた。

6月23日
 [状況]昨日よりも尿の出が減った。血圧は安定しているが、人工呼吸器がピー音を連発する。自呼吸をさぼって機械任せにするためだ。鎮静剤の投与を止めているので、昨夜は眠れなかったよう。午後からずっと眠り続けている。
 岸田医師の診察で胸の音はきれいだという。透析の水口主任技師が様子を見に来てくれた。

6月24日
・内視鏡検査
・CTスキャン
 [状況]8:00、苦痛を訴え、川端診療部長と岸田医師が駆けつける。どこが痛いのかよくわからなかったが、便秘とガスによる腹痛はあるようだ。O看護師が肛門に手を突っ込んでくれたが、便が出る気配はない。
 午後になっても腹痛を訴え、腹部レントゲン撮影の後、消化器の技師が来て内視鏡で大腸のガスを抜いてくれた。この作業にはリスクを伴うというので、妻は承認書に署名した。
 小林医師は「内視鏡を見ると、腸には何も詰まっていないのできれいだ。腸の動きを促す薬を使ってみよう」と言った。一方、岸田医師は「筋肉の破壊が影響して腸の働きが鈍いのかも知れない。筋力を鍛えたらどれだけ回復するか、来週からリハビリをする」との方針。
 尿の出はまずまず。血圧も安定していたが、相変わらず痰とりが忙しい。疲れがひどい1日だった。
 
6月25日
 [状況]腹が痛いのか朝から顔をしかめている。岸田医師とS看護師がお尻に管を入れてガス抜きをしてくれる。この管は当分、入れたままにするらしい。夕刻、額に汗がびっしょり。お尻に管が入っている影響だろうか。

6月26日
 [状況]腹痛が続いているようで顔をしかめている。昨夜、Y看護師に「妻を捜してほしい」と訴えたそうだ。眠っている間に自宅へ引き上げたので不安になったのだろう。血圧、尿の出はまずまず。
 腹部を診察した小林医師は「抗生剤を多用しているため、腸の乳酸菌が死滅した。バランスが戻るまでガスがたまるだろう」という。今夜もお尻に管を入れたまま。痛がるだろうなと、妻は心配。

6月27日
・輸血
・人工呼吸器のパイプ交換
 [状況]咳込みが激しく、痰の量も多い。喉のパイプの繋ぎ目から吹き出すこともあるほど。貧血が影響しているらしいというので輸血をした。体温も38度を超して苦しそう。解熱剤を注射。
 呼吸器のパイプ(外部)を取り替え。黒っぽい便が少量出たが、気休めにもならない。尿の出は悪かった。 

6月28日
・輸血
・喉のパイプ交換
・リハビリ開始
 [状況]血圧が安定して薬は無用。昼前にお尻に入れていた管が抜けて黒っぽい便が出る。午後にも立て続けに4回も排便。量もたっぷり。処理に助っ人看護師が駆けつけるほどだった。これで少しは楽になるだろう。
 2日続きの輸血。今日は良い調子で自呼吸している。療法士が病室を訪問するリハビリが始まった。担当は経験豊かな大塩理学療法士。手足を動かすなどの軽い動作だったが、2か月以上も寝たきりでいたのに意外に動く。危機を脱して、いよいよ「再生」への歩みが始まった。 
 夕刻、気管切開手術した穴から喉に埋め込んでいる人工呼吸器のパイプを交換した。小林、岸田両医師とH看護師の3人がかり。意識がもうろうとしているのでよくわからないが、交換にはかなりの苦痛を伴うという。

6月29日
 [状況]血圧が155-90前後でやや高めだが、しばらく様子を見ることに。疲れた表情で眠そう。咳もよく出る。尿の排出パイプを交換し、レントゲンを撮った。尿に蛋白質が出ていて、まだ不安定だという。
 N看護師が口を洗おうとすると、チェッと舌を鳴らして口を開けない。妻はそんな自分を「がんこ堂の本家だ」と表現した。
 リハビリは手足の曲げ伸ばし。しびれがないかなどを確かめた。この後も、何が不満なのか舌を鳴らしたり、痛いような顔をしたり。声が出ないので妻にもよくわからない。
 「どこが痛いの」と尋ねる妻。口をつぐんで知らん顔の自分。何もかも放って介護に専念している妻は「私は何のために介護をしているのか」と切ない胸の内を吐露する。

6月30日
 [状況]正午、血圧が177-108まで上がる。尿は順調、大便も出たが、熱が高く、胸の辺りを押さえて痛みを訴える。便が出るようになったので流動食を再開。鼻から胃へ管を通して流し込む方法で、試運転の湯を入れた。
 なぜか隣の部屋へ行きたがって看護師を困らせている。パソコンのキーボードを打つ仕草もする。また、ベッドの柵を叩いて文句を言ったりもする。頭が混乱してきたのでは…。妻の心配は尽きない。
 夕刻、血圧が186-109に。小林医師は「200-120位までは大丈夫だが、様子を見て薬のレベルを変えましょう」と言ってくれた。これまで面倒を見てくれた岸田医師は今日で担当をはずれ、7月から外科へ移る。
[そのころの夢幻]
 妻が市に自宅を売ったと打ち明けた。公会堂に使われているが、2部屋だけは自分たちの部屋として確保しているから安心するようにと言った。
 隣室に行きたがったのは、その部屋は自室で、そこにはパソコンがあると勝手に思いこんだためらしい。夢と現実が混濁しているのだ。
 
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