後編1(市立敦賀病院編B)


8月1日
 [状況]昨夜、自分でナースコールをしたという。痰がたまって苦しかったのだろう。
 看護師が体を拭いてくれた。3か月以上も風呂に入っていないので、体のいたるところがかゆい。
 抗生剤の注入、貧血薬の注射、流動食の注入などが淡々と進む。
 咳込みが少なく、呼吸数も少し減った。50音を指さし「巻きずしが食べたい」ともいう。病室移転という環境の変化が好転をもたらしてくれたのか。
 しかし、それは甘かった。午後から咳込み、胸の痛みを訴える。喉のパイプ交換ではかなりの苦しみよう。痰にも血が混じっていた。

8月2日
 [状況]昨夜は胸が苦しくて眠れなかった。人工呼吸器のパイプを交換した際、自呼吸のみに切り替えたためらしい。ナースコールを3度して、苦しさを訴えた。
 流動食が500ccに増え、2時間かけて胃に流し込んだ。それでも胃がもたれる感じ。これまで腹から入れていた点滴のルートを腕に切り替えるという。相変わらず過呼吸で苦しい。
 15:30、院長回診。小林医師の説明を聞いた池田院長は「良くなっていますね」といってくれた。夜、妻に「早く帰ってもいい」と、なかなかの良い子ぶり。苦しみながらも良い方向に向かっているのだろうか。

 足のしびれに関して、新谷医師は「長期間寝ているので、その影響」といい、大塩療法士は「右膝の神経が損傷したためでは。リハビリを続けるうちに少しは良くなるだろう。ただし、足の裏は困りもの」と説明した。
 腹立ち紛れにベッドの柵に膝を打ち付けているのを、I看護師が目撃したことがあるらしい。その時に痛めたのだろうか。妻は柵に座布団を当てて、衝撃を和らげるようにした。
 
8月3日
 [状況]右腕に点滴ルート。そこから抗生剤を注入した。このところ午前中の咳込みがやや減った。意識が徐々に戻っているようで、大塩療法士の「いま何月?」との問いにも「8月」とはっきり答えられた。午後になって咳込みが増える傾向にある。
 流動食の後に腹が苦しく、妻がしばらくさすってくれた。妻はリハビリの自主トレの手助けもするので、仕事が増えるばかりだ。

8月4日
 [状況]午前中から咳込んで過呼吸になる。疲れるので、よく眠る。血圧測定の回数が減り、上が150前後だった。便の方がいまひとつだが、尿の出は順調。これで咳込みが減れば、いうことなしなのだが…。
 意識が回復しつつあり、日々の出来事を一人称で表現できるようになってきた。

8月5日
・女子高生が見学
 [状況]流動食の注入が1200iになった。また便秘が始まったのか腹が張って仕方がない。新谷医師は下剤も考えるが、できるだけ自分で排出するように頑張って、という。過呼吸はみられるものの、血圧、体温とも平常。看護師が病室を訪れる回数が減ってきた。
 看護師志望の地元女子高生2人が体験見学で訪問。50音ボードを使って「看護師めざして頑張ってください」と激励した。彼女たちの言うこともよく理解できた。多くの人に支えられて、やっと自分の意思を伝達できるようになった。

8月6-7日
 [状況]6日は咳込み、過呼吸はあるものの、体温、血圧はまずまず。便も少し出た。意識はかなりはっきりして、帰宅する妻に50音ボードで「気をつけて帰って」というまでに。
 7日も咳込み、過呼吸が続く。体温も高め。芳しくない体調が不安になる。50音ボードで新谷医師に「僕の病気は本当に治るのか?」と尋ねてみた。回答は「絶対とはいえませんが、ゆっくり治しましょう。腎臓は良くなっていますよ」だった。

8月8日
・エコー検査
 [状況]昨夜は咳き込んで眠れなかった。流動食は日に3回行われ、朝は6:00ごろから注入を始める。
 咳込み、過呼吸が続くので、心臓のエコー検査をした。看護師が定期的に体を拭き、シーツや寝間着を取り替えてくれる。貧血予防剤、抗生剤投与も。
 今日はしんどい。胸だけでなく、体全体がだるい。熱もあるのでリハビリは少しだけ。大塩療法士は「体力は回復しつつあるから気力で頑張るように」と激励してくれた。
 咳込みは昼食を中断するほどのひどさ。そのうえレントゲン撮影、エコー検査、心電図と重なったので新谷医師に「疲れた」と訴えた。  

8月9日
 [状況]昨夜、少し眠れたので体が楽だ。体温はやや高めだが、咳込みは少ない。血糖値を上げる薬を注射、夕食から流動食の内容が変わった。川端診療部長が回診。「患者との意思の疎通はあるか」との問に対し、小林医師は「あります」と答えていた。1人前扱いにされてきたということか。
 新谷医師が喉のパイプ本体を取り替え。ゲーゲーいうほど苦しかった。意識がなかったときには何とも感じなかったのだが。

8月10日
 [状況]赤っぽい尿が出て心配。新谷医師は「体を動かしたときに傷ついたのでは」と楽観的。咳込みと過呼吸は依然続いている。不安はぬぐえない。
 「少しは良くなっているのだろうか」との問いかけたところ、新谷医師は「病状には山あり、谷ありがつきもの。5日や10日の比較ではなく、1カ月くらいの長い目で比べてみてください」といった。なるほど、まったくその通りだ。若い医師に諭されてしまった。

8月11日
 [状況]体がだるい。小林医師は「肺炎がなかなかよくならず、治療が難しいですね」と打ち明けた。
 このところ抗生剤を止めると肺の炎症が強くなり、投与すると少し落ち着くという繰り返しで、その段階から脱皮できないでいる。呼吸不全の不安が頭をもたげる。
 夜の点滴から抗生剤の内容が変わった。事態改善になるかどうか。
 苦しいときに看護師を呼ぶナースコールの機器をひとときも離さずに握りしめている。マイクに形が似ているのでO主任看護師は「カラオケでも始めるの」と冷やかす。「患者にとっては命の綱です」と応じた。 

8月12-13日
 [状況]12日は血痰が出て、喉が痛い。17:40現在、熱は37.5度でやや高めだが、血圧は142-88で落ち着いている。
 13日は旧盆で一時帰宅する患者もいて病棟は静か。夜間、人工呼吸器のピー音に邪魔されて寝不足気味なので、日中によく眠る。ピー音の原因は、新谷医師に言わせると、無呼吸か酸素を吸っていないからだ。呼吸数が多く、痰もよく出る。
 妻が入院前日まで旅行していたレバノン・キプロスのプリント写真を持参した。どこで撮ったのかは判然としないが、1枚、1枚の場面はよくわかる。T、H看護師も加わって、久々に明るい雰囲気。懐かしそうに眺める姿に妻たちは「記憶力も戻った」と喜んだ。

8月14日
 [状況]初めて自分の足を見た。ショックだった。「ミイラ?」。一瞬、そう思うほどやせこけて骨と皺(しわ)だらけの皮。触ってみるとたるんたるんしている。元に戻るのだろうか?。
 小林医師は「80、90歳代になると、回復はかなり困難だが、Nさんはまだ若い。そのうちに肉が付いてきます」と言ってくれているそうだが…。
 午後から過呼吸で、息苦しい。妻や医師からは「深呼吸のつもりで」と言われるのだが、数回やると苦しくなってしまう。
 妻が帰宅時に行う手首のベルト固定に素直に従うようになった。事情を理解できた証拠だ。また、妻に対し「スイカや桃など、季節のものを食べるように」との進言ができるまでに"成長"した。 

8月15-16日
 [状況]15日はレントゲン撮影、抗生剤注入、そして貧血予防薬を注射。小林医師は「肺の炎症はあるが、血液検査の結果は良くなっている」という。抗生剤を変えた効果か。夜から抗生剤がさらに1種増えた。
 16日から胸の筋肉を鍛えるためのリハビリが追加された。喉のパイプ交換。苦しかった。その時「あ〜」と声を発し、新谷医師や看護師もびっくり。
 今夜は近くの海岸で送り盆の灯籠流しと花火大会。毎年、見物に出かける催しだが、どかん、どかんという音だけを聞いて眠りについた。

8月17-18日
 [状況]17日は午前中、呼吸数が安定して楽だ。朝、昼食時に咳込みもなかった。
 18日は新谷医師が白血球、貧血、腎臓の具合を見るため採血。抗生剤注入、リハビリなど。昨夜眠れなかったので、昼間に長時間の熟睡。
 神戸市の友人、Sさんが大きな文字の激励文を送ってくれた。自らの体験をもとにした患者心得や「気力が大切」を強調した内容。文字が読めたし、内容も理解できた。意識回復は本物だ。
 最近はパイプ類を外すことも触ることもなくなった。夜の固定ベルトは不要と訴えるが 、妻の許可は得られなかった。

8月19日
・お茶を飲む
 [状況]このところ血圧が安定し、咳込みが減っている。救急車で運ばれて緊急入院してから4か月。一時は危篤状態に陥り、その後も生死の淵をさまよい続けたが、医師や看護師の尽力、妻の献身のおかげで、光明を見いだせるまでに回復できた。感謝、感謝だ。
 「スイカが食べたい」と甘えたら。O主任看護師が「スイカは無理でもお茶なら飲めるかも。先生に聞いてあげる」と、さっそく伝えてくれた。結果はOK。小林、新谷医師も立ち会い、O主任看護師が注いだ小さなキャップのお茶をひと口、ふた口と飲んだ。むせることもなかった。4か月ぶりに飲んだお茶は美味しかった。
 この日はO主任看護師の進言で歯ブラシも使ってみた。「手に力がついてきたので出来ると思った」という大塩療法士の言葉通り、頼りない手つきながら歯磨きの真似事ができた。そんな様子に妻は「記念すべき1日」と喜んだ。

8月20日
 [状況]人工呼吸器のピー音に悩まされた。呼吸をさぼった自業自得。今日は咳込みが多い。悪い体調ながら手のリハビリをしてほしいと妻に頼んだ。生への執着の表れとみた。
 妻が爪を切ってくれた。手足の爪すべてに段差が出来ている。中ほどが盛り上がり、周辺ががくんと落ち込んだいるのだ。新聞の科学面に強いストレスなどがある場合に起こる現象と書かれていたという。妻は「危篤状態になったときのストレスに違いない」と断言する。大病の印章と言うことか。 
 血圧、酸素、体温などの測定は9:30、14:00、16:00の3回に減った。「病院へ来る時間を少し遅らせては」と妻をいたわる気持ちも芽生えてきた。 

8月21-22日
 [状況]21は血圧、体温とも平常並み。抗生剤の注入は続くが平穏。
 22日も血圧、体温は平常。咳込みも少ない。尿は9:30の計量で650cc。人工呼吸器の酸素量を減らしたので、午前中はやや苦しかったが、午後には慣れたよう。このところ調子の良い日が続いている。お盆のころ苦しんだ踊り場を抜け出した思いだ。

8月23-24日
・尿のパイプ撤去
 [状況]23日は一番苦痛な喉のパイプ交換。新谷医師が担当。慣れてきたが、やはり涙が出た。6:00に朝食の流動食。その後、抗生剤2種の点滴、体温などの測定、自主トレと進み、午後も昼食の後、各種の測定、自主トレ、大塩療法士のリハビリへと流れ作業のように進行する。夕食の後はまた2種の抗生剤点滴。このパターンがこれからも続くことだろう。
 24日は入院以来、尿の出口につけていたパイプを撤去した。尿の出が順調になって計測の必要がなくなったため。M看護師の撤去提案に小林医師がOKを出した。まだ、トイレには行けないので、しばらくは尿取りパットの世話になる。

8月25日
 [状況]1度使ったことのある簡易の呼吸器に替えた。前回よりは楽な感じ。しかし、二酸化炭素量が増えるかも知れないというので、夜はこれまでの機種に切り替えた。
 体温はやや高めだが、とくに問題はない。夕刻、小林医師が様子を見に来てくれた。このところ新谷医師に任せることが多くなっている。 

8月26日
 [状況]今日は鼻の管の交換日。これもかなり辛い。しっくりしないが、入れ替えは大変なので様子を見る。動脈からの採血の結果について、新谷医師は「普通の人並み。二酸化炭素量も昨日より減っていた」と報告。
 リハビリで腰を浮かす腹筋運動を5回出来た。朝から簡易の呼吸器で過ごしているが、問題なさそうなので、今晩はこの機器で通すことになった。

8月27日
 [状況]夜中に新谷医師が2時間毎に様子を見に来てくれた。異常がなく、よく眠っていたという。
 最近、足の指に取り付けた酸素測定器が敏感らしく、リハビリで手足を動かすと酸素量が90以下に落ちて、警告のピー音を発する。その度に中断したり、中止したりするが、すぐに95以上に戻るから心配ないとのこと。
 夕刻、喉のパイプ本体が2cmも浮き上がっていてびっくり。発見が早く事なきを得た。今日も咳込みはしたが、痰の量は少なかった。

8月28日
・命の安全宣言
 [状況]よく眠られた。尿が出るのも自覚できるし、咳込みも一時より減ってきた。血圧や体温も安定している。呼吸器は簡易の方にバトンを譲り、長い間世話になった人工呼吸器は撤去された。
 小林医師は「よくここまでこれました。後はリハビリだけですね」と、生命の安全宣言をしてくれた。「生きられる」。確信を得られた嬉しさで涙が出た。傍らの妻も目頭が真っ赤。感激の日だった。

8月29日
 [状況]2種類の抗生剤点滴、ときどきの貧血予防薬の注射は続けられている。レントゲンの結果、肺はきれいになっているとのこと。新谷医師から「胸の筋肉を鍛えることが必要」と促された。
 看護師も少しは手が離せるようになって訪問回数が減少。病衣やシーツ類の交換、体拭き、点滴、食事などの定期的な作業はこれまで通りだが、痰を除去する回数が減った。そのうえ、昼間のしもの世話はいつからか妻の専用になっている。

8月30日
・新聞を読む
・CTスキャン
・吸入開始
 [状況]新聞が読みたくなって妻に持参してもらった。文字を読んだらすぐに疲れた。当分は見出しだけで拾い読みして、世間の空気に触れることにする。まだ、テレビは見る気が起こらない。
 CTスキャン。簡易ベッドに乗せられて本館1階まで移動して撮影するのだが、帰りは酸素マスクなしで部屋へ戻ることが出来た。スキャンの結果は肺の状態が良くなり、たまっていた水も少なくなったという(新谷医師)。
 夕刻から吸入が始まった。2種類あり、1種類に約10分かかる。休憩を挟むと30分は必要。これも妻の仕事。明日からは日に3回行ってもらうと言う話なので、めちゃくちゃ忙しくなりそう。
 自分で歯磨きが出来た。看護師も定時の血圧、体温測定以外にあまり姿を見せなくなった。しばらくナースコールをしないと、「痰とろか」と自発的に来てくれる看護師もいる。ありがたいこと。

8月31日
 [状況]超過密ダイヤになった。6:00の朝食に始まり、抗生剤点滴、それがすんだら吸入と自主トレ。その間に体温や血圧の測定、痰の除去など。あっという間に昼になり、また吸入と自主トレ、大塩療法士のリハビリ、各種の測定。ひと息入れる間もなく3度目の吸入。またまたあっという間に18:00の夕食時間を迎えた。
 体を休めるのは吸入の休憩時間10分ほど。夕食の後は20:00すぎから2種類の抗生剤点滴。いまの体力ではかなりきつい日程だ。咳込みが少なかったのが、幸いだった。

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