●広野の真ん中で立ち往生

 人家のない広野が支配するアラスカ。その真ん中でバスが立ち往生し、親切なドライバーに助けられた話です。

 成田空港からアンカレッジ空港に到着した私たちは、休憩する間もなくバスに乗り込んで、今夜の宿泊地、デナリ国立公園へと向かいました。
 バスの車内は左側が1人掛け、右側が2人掛けの変則的な座席。最近、改造したばかりらしく内装はきれいなのですが、車体そのものはかなりの年代もの。
 エンジンも酷使されたセコハンらしく、ギイギイと妙な音を発して動き出しました。

 アンカレッジからデナリ公園までは384kmあります。森林(タイガ)の中に延びた1本道を走っています。しかし、どうも気になります。エンジンをかけるたびに発せられる、あのギイギイという悲鳴です。
 アラスカ鉄道の踏切があり、バスは線路の直前でストップしました。後続の車はお構いなしにその脇をびゅんびゅん飛ばしていきます。

 「さすがバス。一時停止して安全を確かめるわい」と思ったのですが、完全な思い違いでした。それっきり動けなくなってしまったのです。不安が的中してしまいました。

 ガッキガッキ。女性ドライバーは何度もエンジンをかけ直しますが、バスは断末魔の悲鳴を繰り返すばかり。空調もストップして車内は蒸し風呂状態になってきました。
 ドライバーは工具を取り出して、車体後部のエンジン室を点検しているようですが埒があきません。

 陽気な彼女も困り果てた様子。携帯電話で会社とやりとりを始めました。「OK、OK」と指示された通りに修理を試みますが、何度もやっても愛車はがんとして動こうとしません。
 
 外に出るたら蚊の餌食になるのがオチ。蒸し暑い車内で修理の結果を、じっと待つしかありません。追い越し車からは「?」といった視線が投じられます。
  1時間近く経過して万策尽きた感じが漂ってきたとき、追い越した大型バスがやや前方で停車しました。肥満型の男性運転手が来て、修理を手伝ってくれている様子です。「これで安心」。車内に安堵が広がりました。

 しかし、エンジンは機嫌をそこねたまま。再び失望感。まさに悲喜こもごもです。交代のバスが来るにしてもアンカレッジからは6時間以上かかります。
 前のバスは空車です。一縷の望みはあります。そのバスで運んでもらえたら…、です。やがてその願いが叶いました。ドライバー同士、どう話をつけたのか、前のバスに乗り移ってデナリへ向かうことが決まりました。

 オンボロバスに積み込んだスーツケースは、車体横腹のトランクのドアが開けられないので、あとでホテルに届けるとのこと。女性ドライバー1人を残して走り去りました。
 親切な男性ドライバーは今夜中にフェアバンクスまで行き、あす乗客を乗せてアンカレッジへ戻るのだといいました。デナリはその途中。幸運でした。

 バスには15人ばかりが乗っていました。白夜とはいえ刻々と時が過ぎるのは心細い話です。そんなときに出会った親切なドライバー。
 予定をかなり遅れての到着でしたが、彼がいてくれなかったら、アンカレッジからの代替え車を待って深夜までエンスト現場で途方に暮れていたことでしょう。旅の情けを体験したアラスカの夏でした。
 
              (1999年7月のことでした)