●見上げてごらん夜の星を


 歌の話ではありません。ギリシャのミコノス島で眺めた壮大な天の川、スイスのゴルナグラードで眺めた宝石のような星空、などの話です。

 ミコノス島はエーゲ海に浮かぶ白い家並み、風車、ミニ教会で有名な島です。私たちは迷路のような商店街から海岸沿いの高台をタクシーで10分ほど走ったところにある海浜リゾートホテルに宿泊しました。

 ホテルの前の砂浜はプライベートビーチになっており、滞在型の客が泳いだり、日光浴をしたり、思い思いに過ごしています。若い女性はオッパイ丸出しで平気です。こちらは見慣れない光景に目のやり場がなくて、おろおろするばかり。


 このホテルが団体の観光客を泊めるのは、私たち一行が初めてのことだそうです。部屋の割り振りなど対応にてんやわんやです。こちらも場違いな感じがして落ち着きません。

 しかし、そんな戸惑いは夜になって消し飛んでしまいました。夕食後、浜辺に出て眺めた天の川があまりに壮大だったからです。無数の星屑を織り込んだ太い帯が上空から水平線の彼方にまで達しているではありませんか。

 齢60を過ぎて初めて見る壮大な天体ショーです。一瞬、天空に特別な現象が起きたのではないかと思うほどでした。その直後、一行の中に星座に詳しい人がいて「あれは天の川です」と教えてくれました。

 「こんなの見たことないですね」。みんな首筋が痛くなるほど天を仰いでいます。その姿に誰かが言いました。「これが本当のびっくり”仰天”ですね」と。そのジョークで我に返った人も多かったようです。

 自室に戻った後もベランダに出て、飽きることなく眺めました。滞在型の人々には珍しくもない光景なのでしょうか。深夜、夜空を仰ぐ人はだれ一人見かけませんでした。

 エーゲ海上空に架かった、この夜の「星の帯」はいつまでも瞼に焼きついて、私ども夫婦の自慢話の一つになっています。

              
(1998年9月のことでした)                                               
 次はスイスでの話です。私たちは山岳リゾートのツェルマットから登山電車で終点のゴルナグラードへと上りました。今夜は標高3090メートルのゴルナグラード駅を少し上がったところに建つ山頂ホテルで宿泊です。

 マッターホルンを眺める最高のポジション。居ながらにして秀峰を眺められる部屋もあるのですが、私たちには見えない部屋が当たってしまいました。

 「ついてないや」。不運を嘆きながら、明朝の日の出見物に備えてベッドに潜り込みました。2、3時間も眠ったでしょうか。「いびきをして眠っている場合ではないわよ」。妻のすっとんきょうな声にたたき起こされました。

 目を開けると、月明かりが部屋を照らしています。窓に顔をすり寄せて空を見上げている妻の姿がくっきりと浮かんでいました。
 手招きする妻。私も寝ぼけ眼で同じように見上げました。そこには天を覆い尽くしてきらめく星空が広がっていたのです。「あっ」と絶句しました。三日月が輝いているのに、こぼれんばかりの数です。

 どれもが大きな星です。その一粒、一粒が紫色に、緑色に、赤色に、表現のしようがないほどの多彩な光を放って瞬いているではありませんか。
 エメラルド、サファイア、ダイヤモンド…。「宝石箱をひっくり返したような」とか「満天の星」とか、そんな大層な表現はこんな時のためにこそあるのでは。そう思いました。

 「きれいやな」「きれいやな」を連発するだけで、他に言葉が見つかりません。まんじりともしないで眺め続け、朝を迎えました。今度はホテルのテラスに出て夜明けのマッターホルン見物です。幸運にも黄金に輝く秀峰が見られました。
                                             
              
(1996年9月のことでした)

 
 このほかにもモロッコのサハラ砂漠で眺めた金星と木星が印象に残っています。

 旅は時として思いがけないプレゼントをしてくれるものです。それが旅の醍醐味というものでしょうか。

 星座についての知識が乏しいものですから、星空を見上げてもそれが何座なのか、即答はできません。しかし、その美しさには惹かれます。これからも旅の夜空を仰いでプレゼントをいただくことにします。