●氷河の後退目の当たりに


 
アラスカは26氷河クルーズの基地、スワード近郊。町から少し入った山中の氷河で目の当たりにした激しい後退の現実です。

 スワードから川沿いにバスで30分ばかり走った山中にその氷河はありました。
 地元のドライバーが「後退の標本」というイグジット氷河です。

 バスを降りると、蚊の大群が襲撃してきました。氷河に蚊がいるなどと想像もしていませんでしたので、虫除けのスプレーはスーツケースにしまい込んだままです。しつこく迫る蚊を払い除けながら氷河へと続く道をたどります。

 周辺には高さ3、4メートルほどの低木が密生していました。しばらく進んだ道ばたに「1951」とだけ書かれた小さな標識が立っています。
 聞くと、その年にはここまで氷河が流れ出していたという「後退のメモリアル」だそうです。生い茂る低木は氷河が姿を消した後の50年間に育ったもの。
 
 さらに進むと今度は「1978」の標識。先ほどの標識との距離は6、70メートルはありそうです。1951年から30年近くの間にこれだけ後退したわけです。
 ここまで来て前方の高所に横たわる氷河が見えてきました。周辺にも緑が見えました。氷河の端は崖です。とけた水はそこに落下し、川となって下っていきます。
 
 急な坂道を上って氷河のそばまで行ってみることにしました。青白く光る氷河がだんだん大きくなってきました。しかし、いたるところにある裂け目の表面がなめらかなのです。
 近寄って触ってみると、とけた水が手のひらをべっとりと濡らしました。氷特有の堅い感触はありませんでした。

 氷河の先端を見ると下が空洞になっていて、そこから水があふれ出していました。かなりの水量です。どんどんとけているのでしょう。気温の高い夏の盛りとはいえ、驚くばかりです。

 「1978」の標識から氷河までも50メートルはあったと思います。20年あまりの間にこれだけ削り取られたことになります。恐ろしいような勢いです。
 ドライバーのドムさんが言いました。「この氷河はあと20年もすると、とけて流れて消滅してしまうでしょう」と。
 後退を示す標識を目にし、ドムさんの言葉を聞いてからは目の前に立ちはだかる分厚い氷の層がとてもはかないものに感じられました。

 カナダのアサバスカ氷河を雪上車で訪れたときのことです。女性ドライバーが氷河のかなり手前でむき出しになている地面を指さして「昔はここまで氷河が流れていました」と説明していました。あらゆる氷河が同じ運命をたどっているのだと思います。

 イグジット氷河のように「後退のメモリアル」があれば一目瞭然です。ドムさんがあえて「標本」と言ったのには、そのような意味が込められていたのでしょう。

 地球温暖化が憂慮されてからずいぶん久しくなりますが、正直なところ私たち多くの日本人はまだまだ鈍感です。
 このまま温暖化が進み氷河が崩落すると、近い将来、海中に沈んでしまうと心配される小さな島がたくさんあるそうです。

 このような氷河の後退を目の当たりにして「病んでいる地球」と、その深刻さを体感したわけですが、「防止するために個人でできること」となると、 すぐには思いつきません。歯がゆいことです

    
                (1999年7月のことでした)