●イブラハムさんの思い出

 北アフリカはモロッコ。旅の楽しさを倍加させてくれた愉快な、愉快な男性ガイドさんの話です。

 私たちの旅は、まず関西空港からオランダ・スキポール空港へ。そこで乗り継いでカサブランカのムハンマド5世空港に到着しました。関空を飛び立ってから丸1日経過していました。

 疲れ切った一行を待っていてくれたのが、スーツをぴしっと着こなした長身のガイド、イブラハムさんでした。モロッコ国内を駆け足周遊する、これからの12日間を共にするといいます。
 バスでホテルへ向かいましたが、車内では歓迎の花をプレゼントしてくれたり、水を配ってくれたり、かいがいしい働きぶりです。

 ベッドに潜ってばたん、きゅー。睡眠5時間でモロッコの朝を迎えました。遠くからイスラム教のお祈りの時間を告げる「アザーン」が聞こえていました。

 いよいよ観光の始まりです。バスに乗り込むと、イブラハムさんは全員が揃うのを待っていたように「サバハルヒール。お元気ですか」と、自国語と日本語のチャンポン挨拶をしました。

 続いてフランス語。顔をしかめ、押し殺した声で「フランス人、笑わない。ボンジュール」。愉快な表情に車内は爆笑。さらにイタリア語。これは明るい表情で「ブォンジョルノ」。

 挨拶はまだ続きます。今度はスペイン語。これは大仰な身振りで「ヴェノスディアス」。
 ここでもしっかり笑いをとりました。その後は「モロッコ人、ニーハオ」といって「?」を誘い、「わかんなーい」で締めくくりました。

 「わかんなーい」は語尾を上げて、のばす独特の発声。しっかりと笑いをとって和気あいあいのムードをつくりあげました。

 これだけでは、彼は単なるお調子者に思われるかも知れませんが、マラケシュ大学を卒業し、ナショナルガイドの資格を持つ、この道10年のベテランです。32歳。独身の男前でもあります。

 彼の数カ国語あいさつは毎朝行われました。「サバハルヒール」。彼が言い出すと一行から間髪を入れずに「お元気ですか」の声がかかります。
 「モロッコ人」と発せられると、すかさず「ニーハオ」と合唱が起こります。最後は全員で「わかんなーい」の唱和です。

 車内のムードは彼の手練手管に乗せられて明るさがいっぱいです。「ヴェノスディアスの発音が良かった」という妻にはスペイン人のあだ名が付けられました。

 私たちの旅はフェズなどを観光した後、雪のアトラス山脈を越えて南の砂漠地帯へと入りました。好奇心の塊のような一行からは、見るもの、聞くものについて質問が発せられます。
 イブラハムさんが、その本領を発揮するときです。ある時は添乗員さんを通して、ある時は本人自身から即座に回答があります。私たちには「頼もしい教本」でした。

 イブラハムさんの持ち味は真面目さとユーモアと旺盛なサービス精神を兼ね備えていることでした。質問に答えるときは真面目そのものです。
 フェズではジュラバという民族衣装を着てガイド。衣装そのものについても詳しく説明してくれました。

 サハラ砂漠ではベルベル人特有のカラベーヤという民族衣装を着て現れ、遊牧民が砂塵の舞う中で野宿する場面を実演してくれました。これは旺盛なサービス精神の発露です。

 バスで走っていると、街頭でミントティを飲みながら話し込んでいる男性を見かけます。「ベルベル人はベラベラ人です」と笑わせますが、何故そうしているのか、解説のフォローを忘れません。

 カスバ街道で日干し煉瓦の集合住宅、クサルを見学したときには湧き出るように集まってきた子供たちを見て「クサルテレフォンがありますから」と。口コミのことを言ったのですが、ウイットに富んだ話術に感心させられました。

 妻には「スペイン人」、「スペイン人」といってよくしてくれました。「砂漠の日の出を2度見せてあげる」といって、別の場所に案内してくれたりもしました。
 旅行にトラブルはつきもの。パッケージツアーだからといって例外ではありません。その度にいやな顔一つ見せずに解決してくれました。

 日程を消化していくにつれて、彼に対する信頼度が高まってきたのは当然のことでした。「イブラハムさんは、私の友達」。大方の人がそう思うようになったのも不思議ではありません。

 彼にはマラケシュに彼女がいました。「来年夏には結婚します」。照れくさそうに言っていました。「結婚を機にナショナルガイドの仕事を辞めて、デスクワークに回り、マラケシュシュ周辺のガイドだけするつもり。そして旅行会社を設立したいです」。そんな計画も話してくれました。
 「彼の会社なら信頼できるわね」。みんな同じ思いでした。

 思い出話を書いている2000年5月。彼はもう自分の会社を立ち上げたでしょうか。もしかして彼が企画、立案したルートを回っている日本人がいるかも知れません。

 これまでにお世話になった数多くのガイドの中でも忘れがたく、いま一度会って見たい1人です。

            (1999年2月のことでした)