●ストラップは首にかけて!


 オペラ「セビリアの理髪師」で有名なスペインはセビリア。親切なファミリーに助けられた話です。

 春3月の昼下がり。デパートを覗いたり、コンコルディア広場のがらくた市を冷やかしたりして、市内散策を楽しんだ後、私と妻はホテルへ向かって歩き出しました。
 広い通りをクワダルキビール川をめざして進み、とある交差点にさしかかったときのこと。

 赤信号で停車した乗用車の男性が私たちに向かって大声を上げたのです。車にはファミリーが乗っていました。全員がドアを開けて叫んでいます。「何か悪いことをしたのかな」と思うほどの怒鳴りようです。

 一瞬戸惑いましたが、よく見ると男性は両腕をかざして何かを首にかける仕草をしています。

 妻がとっさに「カメラのストラップを首に掛けろ」といっているらしいと判断、私は状況を飲み込めないまま従いました。その直後、別の男性が「気をつけろ」と言いながら、私たちのそばを通り過ぎました。

 「カメラを狙われているぞ」。車の男性はそう忠告してくれたのですが、周囲を見渡しても人影はありません。「さては足早に過ぎ去ったあの男が狙っていたのでは…」。
 親切なファミリーに出会わなかったら、楽しい旅行が一転して「奈落の底に真っ逆さま」の気分になったに違いありません。全くの不注意とはいえ肝を冷やしたことでした。

 私は一眼レフカメラを手に持って歩く癖があり、常日ごろから「落としたらどうするの。ひったくられることだってあるわよ」などと、妻に注意されていました。
 その危険が現実に身に降りかかったのです。大いに反省し、ホテルまではしっかりと首にかけて歩きました。

 その日も細めのストラップを手首に一巻きし、ボディをわし掴みにしていました。もしひったくられでもしたら手首を痛めたか、転倒さえしていたかもしれません。カメラの被害だけではすまなかったはずです。本当にくわばらくわばらです。

 ストラップを首にかけたのを見てにこやかに走り去ったファミリーにいつまでも頭を下げていました。
 そのことがあって以来、旅行先で一眼レフを持つ観光客の様子を眺めるのが習慣のようになってしまいました。

 ヨーロッパ人の大半はストラップを首に掛けていますが、日本人の中には私同様に手持ちしているのを見かけます。カメラが重いというのも理由の一つですが、治安の良くない国では用心に越したことはありません。

 そういえばストラップは「ネックストラップ」とも言います。 本来はカメラ保持のためにある用具の一つですが、現在では盗難予防のための用具でもあると思います。

 親切なファミリーのおかげで難を逃れた
カメラは、いまも旅の友を続けてくれています。 

              (1997年3月のことでした)