●ポラロイドは笑顔製造器


 北アフリカは社会主義人民共和国(ジャマヒリヤ)のリビア。都市や砂漠地帯で即製写真機のポラロイドが人々の笑顔つくりに大活躍した話です。

 カダフィ大佐が率いるリビアは「テロの国」と恐れられ、経済制裁を受けた影響で恒常的な物資不足が続いています。カメラを手にする人を目にすることは滅多にありません。

 しかし、国民は写真好きです。イスラム教国ですから男性に限りますが、いたるところで「写真撮って」と催促されます。

 いくらシャッターを押しても「写真を送ってほしい」などとは言いません。「撮られるだけで満足」の体なのです。要するに写真好きというより、カメラが珍しいだけのようです。
 同行者の中に即製のカメラを持参した男性がいました。行く先々でポラロイドを取りだして撮ってあげます。

 リビア第2の都市、ベンガジのレストランでのことです。
 スーダンから出稼ぎのウエイターがいました。男性がいつものように彼にポラロイドを向けてシャッターを押しました。青年には普通のカメラとの区別など知る由もありません。撮影終了と同時にその場を去ろうとしました。

 「待った」。男性の声にびっくりしたように立ち止まり、恐る恐るカメラから取り出されたばかりの印画紙をのぞき込みました。

 そこにはいま撮ってもらったばかりの自分の顔があったのです。青年は、一瞬青ざめた表情になり、瞬きを忘れて見入っていました。「狐につままれた」とは、こんな表情をいうのかも知れません。
 男性が「君にあげる」という仕草をしたら、やっと我に返った様子で、初めてにっこりしました。

 大事そうに内ポケットにしまい込んで持ち場へ戻りましたが、すぐに同僚を連れて引き返し「彼にも撮ってやって」と催促しました。
 同僚も不思議そうな顔でしばらく見つめ、そしてにっこりと微笑みました。「まか不思議」から「笑顔」までの間(ま)が、何とも可笑しく楽しい食事でした。
 2人はウエーターのユニフォーム姿を故郷に送って、両親や兄弟を安心させたのかも知れません。

 ベンガジからダマスカスへの途中にアジェベルという田舎町がありました。休憩したレストランの隣に自動車の修理工場があって数人がたむろしていました。
 その中に民族衣装のジュラバを着た気むずかしそうなおじいさんがいました。ポラロイドを向けても嫌がりはしませんでしたが、気むずかしそうな顔をいっそうこわばらせ、直立不動です。完全に固まってしまいました。

 おじいさんは印画紙に写し出された自分の顔を眺めた瞬間、何か悪いものでも見たようにたじろぎました。
 その後、穴の開くほど凝視し、笑顔になるまでに数分を要しました。彼らには「マジックの世界」のようです。

 「おじいさんが笑った」。成り行きを見守っていた私たちはほっとした気持ちです。その後もおじいさんの様子を観察しました。
 手にした写真にキスをして、ジュラバのポケットにしまいました。しかし、すぐに取り出してしげしげと見つめ、またキスをしました。そして押し頂くような格好で、ポケットに入れました。

 でも、我慢が出来ないようです。また取りだし、今度は修理のオンボロ車を囲んでいた連中に見せています。
 得意そうな笑顔。若い女性がいたら「カッワイー」と叫んでいたかもしてません。それほど素晴らしい笑顔でした。

 珍しいものを目にした他の人たちは黙っていません。「私も」、「俺も」といった調子で催促が襲ってきました。出来上がるたびに大きな笑い、そして得意そうな顔が生まれます。

 男性は印画紙を100枚持参したそうですが、12日間ですべてを使い果たしました。ということは100人に写真を進呈し、その度に笑顔を製造したわけです。立派な民間交流です。

 リビアは各国からの出稼ぎ者受け入れ国です。100人の中にもそれらの青年がたくさんいました。故国に送られたのでしょうか。おじいさんはきっと宝物として大事に保存しているはずです。

 その時々の破顔一笑が、フィルムのひとコマ、ひとコマとなって私の脳裏に浮かんできます。

         (2000年2月のことでした)