てんやわんやの国内線


 リビアの国内空路。首都・トリポリから第2の都市・ベンガジ間で体験した、てんやわんやの話です。
 
 私たちは次の予定であるリビア東部の都市遺跡を見学するために国内線「アラブエアライン610便」で、ベンガジへ移動することになりました。610便は夜8時発の予定。夕食をすませてトリポリ空港へと急ぎました。

 搭乗待合室にはヨーロッパからと思われる男性が数人いるだけ。「離陸時間はあくまで予定。空港へ行ってみなければわかりません」、「予告なしに飛ばないこともあるらしい」などと、聞かされたので、待合室の閑散ぶりが妙に気になります。。

 やがて搭乗手続きに出かけていた添乗員さんが「きょうは予定通りに飛ぶそうです。よかったですね」と、満面笑みで戻ってきました。渡された搭乗券は「すべて自由席」でした。

 待合室の状況から「機内は空席だらけに違いない」と想像しながら、機内に入ってびっくり仰天しました。すでに満席状態だったのです。一瞬「席がないのでは」と思いました。

 何はともあれ空席探しです。きょろきょろしながら奥へ進むと、空席が一つ目に入りました。といっても先客の荷物が置かれていましたが…。
 なんとか腰を下ろすことができ、ほっと一息ついて辺りを見渡すと、青年の集団に囲まれていました。

 周辺は大声の乱発で鼓膜が破れそうなほどの騒々しさです。妻は前の方に座ったようです。この人たちはいつ搭乗したのでしょうか。「自国民を優先的に乗せたのではないか」。何とかの勘ぐりです。

 救命装置について型通りの説明があり、機は8時20分に離陸しました。息を殺して離陸の瞬間を見届けた若者たちは、再び前から後ろからと、大声を発し始めました。隣座席の青年が人気者らしく、だみ声が集中します。

 しかし、弾む会話の最中にも隣にいる異邦人が気になる様子。20人ほどの視線が私に注がれています。好奇心を抑えられなくなったのか、隣の青年が「中国人か」と、英語で聞いてきました。

 「いや、日本人だ」と答える私。「日本か。遠いのだろう」。「うん、遠い」。「飛行機で来たのか」。「そう、飛行機で」。「どうやって?」。「ドイツのフランクフルトから乗り継いでトリポリへ」。「何をしに来たのだ」。「旅行だ」。

 こんな会話が延々と続きます。このように書くと、いかにもスムーズに運んでいるようですが、それはそれは大変です。
 心許ない私の語学力、彼の訛も相当なもの。何度も聞き返し、パフォーマンスを加えて、やっと理解できる始末です。

 あちこちからも質問か、ひやかしなのか、どちらともわからない言葉がシャワーのように発せられます。

 青年の問いは、その後もしばらく続き、ベンガジへは遺跡を見るために行く、まで進んだところでひと休みとなりました。疲れました。やれやれです。

 当の青年はというと、異邦人と親しくできたことがうれしいのか得意満面です。今度は仲間たちの紹介が始まりました。「こいつはファティヒエだ」「あいつはバジルだ」。
 1人1人を指さしながら名前を告げます。私はその都度「ファティヒエ?」「バジル?」とオウム返しします。
 
 青年と同じように発音ができると大喜びしてくれますが、そうでない場合は何度もやり直しです。5、6回繰り返して、うまく発音できなかったら、やっとあきらめて次の紹介へと移ります。

 アラビア語の発音は難解です。一生懸命に頑張るのですが、なかなうまく行きません。オウム返しするたびにどっと笑いが起こります。

 飛行時間はわずか50分。ベンガジの灯が見えてきました。青年たちの会話はぴたりと止んで、私に注がれていた目は機窓へと移り、着陸風景に目を凝らします。無事に着陸。青年たちから拍手が起こりました。
 あちこちから握手の右手が差し出され、痛いほどの力で「固い握手」を繰り返しました。
 しかし、こちらは心身共に疲労こんぱいです。

 タラップをおりると、すぐ前が到着者用の玄関。一歩入ったところにターンテーブルがあり、30人ばかりがスーツケースを待ち受けます。しかし、ターンテーブルはさび付いていて、最近使われた様子がありません。「?」です。

 30分も待ったでしょうか。玄関前が騒々しくなり、テーブルのそばにいた人たちが駆け出しました。訳の分からないまま私も従いました。

 そこにはスーツケースをうず高く積み上げた大きなカートがありました。すでにスーツケースの山によじ登っている人もいます。どうやら「勝手に持っていけ」方式らしいのです。

 照明が少なく、薄暗い中で「スーツケース争奪戦」の開始です。われ先にと手がのびて、次々に引き取られていきます。私たちも何とか確保できました。
 毎日繰り返される光景なのでしょうが、これで盗難騒ぎが起こらないのが不思議です。

 50分。てんやわんやで疲れましたが、おもしろい体験ではありました。リビアというと「こわもてする国」のイメージですが、機内ではちゃめちゃやっていた青年たちは底抜けに明るく、治安の良い国でした。  
                        
          (2000年2月のことでした)