●息をのむ残酷な闘牛ショー

 スペインは陽光輝くバレンシア。闘牛ショーの残酷さに身震いした話です。

 バレンシアの名物は3月に開催されるサン・ホセの火祭り。巨大な人形を燃やす春祭りです。その時期に合わせて開幕するのが闘牛ショー。国内での闘牛シーズンの幕開けを飾るショーは、火祭り本番のこの夜がフィナーレです。

 闘牛場へ出かけると、周辺は大変な混雑です。日なたの席(ソル)と日陰の席(ソンブラ)で料金が違います。
 私たちは日陰の1等席。メーンスタンドの中段、ピカドール(長槍士)らの入場門が正面に見えます。すぐ後方は貴賓席。市長さんが拍手の中を席に着きました。

 フィナーレには人気のマタドール(闘牛士)が出場するので、スタンドはすでに満席状態。ざわめきからは早くも観衆の期待が伝わってきます。 

 午後5時。セレモニーが始まりました。白、黒2頭の馬にまたがった先導役に続いて今回のショーに出場するバンデリリェーロ(もり撃ち)、 ピカドール、マタドールが登場して観客にあいさつ、大喝采を浴びました。きらびやかな服装は映画やテレビで見たとおりです。

 いよいよ本番。横手から500キロ以上もある雄牛が現れました。かなり興奮している様子です。まず、4人の男がピンクの布をひらひらさせて挑発。
 頃合いを見計らって長槍を手にしたピカドールが馬上さっそうと登場して牛と対峙しました。

 興奮状態が高じた牛は馬の横腹めがけて突進します。どすん。鈍い音がして馬がよろけます。間髪を入れずにピカドールの長槍が牛の背中に突き刺さりました。
 血がしたたり、牛は何とか逃れようともがきますが、容赦のない長槍はその背中をぐりぐりとえぐります。

 馬は目隠しをされ、銅板の鎧を着せられて牛の突進に耐えています。牛の肩の筋肉を切ってさっと引き上げるのがピカドールの役目。
 今回のように暴れる牛をもてあまして、ぐりぐり突き刺すのは下手の見本らしいのですが…。

 ピカドールが去ると、今度は羽根飾りが付いた銛(もり)を両手に持ったバンデリリェーロ3人が登場。土を蹴り、突進する牛を巧みにかわしながら背中に銛を打ち込んでいきます。計6本。銛を刺されたままの牛は血を流しながら怒り狂っています。

 銛が打ち込まれるたびに、スタンドからは拍手や口笛、歓声がわき起こり、牛にも劣らぬ興奮ぶりです。着飾った女性客も辺りかまわずの大はしゃぎです。
 息をのみ、ただ黙って見つめている私たちを不思議に思うのでしょうか。「なぜ、拍手をしないのだ」と言い、冷たい視線を投げてきます。目を背けたくなるほどの残酷ぶり。拍手などとんでもない話です。
 
 興奮のるつぼの中へ今夜の主役マタドールが雄姿を現しました。金糸銀糸を織り込んだ衣装に身を包み、左手にサーベル、右手には赤い布。華やかな男ぶりです。
 流れる血を見て興奮の極みに達した牛は前足で地面を蹴り、体を震わせて赤い布に突進しました。ひらり。マタドールが体当たり寸前でかわしました。

 観客は見事な「さばき」にやんやの喝采です。猛進する牛を体すれすれにかわす腕前が人気を呼びます。

 はっとした瞬間にひらり。観客にはこれがたまらないようです。どよめきが何度か繰り返されるうちにさすがの猛牛も弱ってきました。マタドールは牛に背を向けて勝ち誇ったポーズをとりました。

 その時です。それまで押し黙ったままの妻が「バカ、いまだ、それいけ」と怒鳴りました。窮地に追い込まれた牛(スペイン語でバカ)への辺りかまわずの声援でした。しかし、牛にはもう力は残っていないようでした。
 
 向き直ったマタドールが急所めがけてサーベルをぐさりとやったのは、その直後のことでした。前足からがくんと崩れた牛はそのまま横倒しとなって命を絶えました。スペインっ子が言うところの「真実の瞬間(オラ・デ・ベルタン)」です。
 観客に向かって手を振り、声援に感謝するマタドール。喝采、喝采、また喝采でこたえる観客。

 3頭の牛が登場して、いずれも20分ほどで決着がつきました。今夜はこの後もう2回ショーがありますので、一晩に9頭が息絶えることになる訳です。  

 「闘牛は人間と牛が命をかけた闘いだ」といわれます。だから観客は人間の勝利に喝采を贈るのでしょう。
 しかし、私は人間の勝利を喜ぶよりも、あの手この手で痛めつけられながら猛然と戦って絶命した牛の闘志に拍手をおくりたい気持ちでした。

  見物後の感想は、大方の人が「惨いわね」の一言でした。これが日本人の平均的な感覚ではないでしょうか。

 「夕食、バカだったりして」。ホテルに戻っての夕食は、女性陣の予感が見事に的中して大きなビーフステーキでした。いたぶられながら絶命した牛の姿がちらついて、なかなか喉を通りませんでした。  


             (1997年3月のことでした)